中間管理職の悲喜こもごもを紹介するこの企画、社内でも孤立しがちな中間管理職は、働く現場で何を考え、何に悩み、何を生き甲斐にし、どんな術を講じているのか。
シリーズ第20回は株式会社アートネイチャー 外販商品営業部課長 吉田和樹さん(47)。カツラやウィッグで知られているアートネイチャー。吉田さんの部署は主にネット通販を担当し、主力商品として増毛用ヘアパウダーと白髪を染めるヘアカラートリートメントを扱う。昨年12月には発毛剤を発売。部長職が間近に見える吉田さんは、この発毛剤を部内の3つ目の主力商品に育て、倍近く売上げを達成し、会社の柱の一つにしたいと穏やかな笑顔のうちに大きな夢を秘めている。
「ヨシは人当たりがいいよね」
カツラの効力はてきめんだ。人を明るく一変させる。そんな“カツラ力”こそ、吉田課長の入社の動機だった。
「学生時代、白血病の治療で髪が抜けてしまった女性の友人が、医療用のウィッグをしてから別人のように明るくなったのを目にしまして」カツラはこれほどまでに、人を喜ばせることができる。親戚には髪の薄い人が多いので、この会社に入ったら喜ばれるだろうと思ったという。
「僕は入社以来、新規立ち上げの部署への配属が多かったんです。ノウハウのない新しい部署を軌道に乗せる、そんなミッションをこなしてきたことが一つの誇りでもあります」
社員教育を充実させるため、教育研修部の立ち上げに呼ばれた時は、「ヨシは人当たりがいいよね」と、当時の上司に声をかけられた。
今の部署に着任したのは8年前。部署を立ち上げた役員に声をかけられた。本格的なネット通販事業は、会社として初の試みだった。主軸の一つである増毛用の黒のパウダーは顧客の7割が女性だ。美容院に行くのはまだ早い…そんな時、気になる髪の根元の白髪を黒く染めるのに使われる。
もう一つの主軸のヘアカラートリートメントは、多くの毛染め剤に含まれる髪や頭皮によくないとされるジアミンを使用していない。年間120万本を超えるヒット商品である。
部下は皆、仕事の悩みを抱えている
彼の部下は11名。ネット通販を担当する部下の女性は、ウェブデザインの才能がある。真面目で細かいことにもよく気がつく優秀な女性だ。派遣社員だったが、打診をして正社員になってもらった。ある時、新製品のまつ毛美容液のプロジェクトが立ち上がった。塗るとまつ毛が太くなり抜けづらくなる。まつ毛をしっかりさせるための商品だ。
ユーザーの意見をより反映させるため、開発と営業が一緒になり商品化するのが、会社のスタイルで、吉田はこの開発メンバーに彼女を押した。デザインセンスがいい。新商品はインスタ映えするものになるに違いない。部下もはじめての商品開発の仕事に、生き生きと取り組んでいるように見えた。だが……。
ある日のことだ。残業する彼女の表情が暗い。「大丈夫かい?」吉田が軽い調子で声をかけると、部下はボロボロっと涙をこぼす。
「なぜ私が、ここまでやらなくてはいけないんでしょうか……」その部下は開発の中心の一人となりデザインだけでなく、商品の成分にまで仕事が及んでいた。期日をどうクリアしていくか。やったことがない仕事を任され、プレッシャーを感じていたのだ。仕事は明らかに彼女のキャリアの許容範囲を超えている。
「明日すぐに交通整理をするから」事情を理解した吉田はそう答えると翌日、部長の承諾を得て部下を開発チームの中でも、デザインに専念できるポジションに据えた。「すみません」と、彼女は謝意をつぶやいたが、上司は部下のできる点を認め、そこを伸ばすことが大事だ。部下の仕事上の悩みを気づいてあげられなかったことを吉田は反省した。
部内では、仕事のできない部下に意識が集中しがちだ。だが、優秀な部下も仕事上の悩みはある。課長たるもの、部下一人一人の仕事を把握し、コンディションにも気を配るべきで、放置状態にするのはよろしくないと改めて気づいた。
時には昭和のマネージャーのスタイルも
別の部下は入社して3年ほどの若手だ。大手通販サイトの担当で、売上げを伸ばすことが仕事だが、今時の若い子はあまり会話を好まないのか。ホウ・レン・ソウが滞ることに困っていた。「進捗報告は必ず毎日してくださいね」と注意するのだが、3日も経つと忘れてしまう。最近の若手は新聞も本も読まない。情報はネットから得るが、じっくり考えることが足りないのかもしれない。
「月に一冊でも、本を読めよ」と、吉田は若手の部下にEコマースに関する本を貸した。それを読んだ若手は、思うところがあったのかビジネス書を読むようになった。ホウ・レン・ソウやPDCAの大切さも、本から学んだようで、最近では覚醒した感がある。
「昨日のお客さんの数はこうでした」と、出店している大手通販サイトに、どれだけお客が訪問したかを、率先して報告するようになった。「昨日はシャンプーが売れたので、関連の商品を強化したいんですが、よろしいでしょうか」とか、近頃では提案もしてくるようになった。
今年の夏前には、新卒の後輩が部署に入ってくる。自分の失敗談や成功談を語り、後輩を育ててほしいものだと課長として期待している。
「僕はガミガミ言うタイプの上司ではありません」吉田のそんな言葉の背景には、若い頃のけっこう苦い体験がある。当時の彼の上司は自分の命令が絶対だという、典型的な昭和のマネージャータイプで、「何でできねえんだよ!」とか、よく怒られものだ。当時の自分を振り返ると、仕事に対して前向きではなかったし、面白みも感じなかった気がする。
今の若い子は打たれ弱いし、時間はかかるが、自分で気づいて納得しないと変わらない、吉田はそう思っているのだが……。
「僕は温厚で、忍耐力のあるほうだと思いますが」実はそこが欠点でもあると、本人も感じているのだ。
時には昭和のマネージャーのスタイルが、必要なのかなとも思っている。例えば1度2度3度言っても改めない若手社員には、「お前、何度言えば分かるんだぁー!!」ぐらい、爆発することも必要なのではないか。吉田課長、内心逡巡する日々なのである。
部下を育てるのも課長の大きな仕事だ。なだめすかしながら、自分なりの術を駆使する。課長さんの辛さとやり甲斐が垣間見える、エピソードの続きは、明日公開の後半に続く。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama