あなたの知らない若手社員のホンネ
~サントリースピリッツ株式会社 RTD・LS事業部事業開発部永尾真紀さん(28・入社6年目)~
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様々な現場で奮闘する若手社員を紹介するこの企画、今回は若手が会社の売り上げに大きく貢献する新商品を開発したケースだ。今回はそんな若手社員の開発物語である。
シリーズ第59回、サントリースピリッツ株式会社 RTD・LS事業部 事業開発部永尾真紀さん(28・入社6年目)。永尾さんが開発を担った「こだわり酒場 レモンサワーの素」の今年の出荷目標は60万ケース。アルコールの消費量が右肩下がりの中で、久しぶりのヒット商品である。レモン味、甘くない、無糖炭酸水、市場に受け入れられているそれのキーワードから、レモン味のお酒の開発は決まった。
居酒屋を中心に200軒ほどの飲食店の暖簾をくぐり、レモンサワーを飲み続けた永尾さんだが、どんなレモンの風味にするか。最も美味しいとされた生絞りのレモンサワーが、そうとはいえないことに気づき、暗中模索が続いた。
“これだ!!”たどり着いた最高のレモンサワー
レモン風味の缶チューハイは、各酒造メーカーがたくさん出しています。うちが開発するレモンサワーは、そのどれとも異なる味わい深いものにしたい。
「生絞りのレモンサワーがあまりおいしくないのは、レモン果汁は酸味だけだからですね」
「レモンの香り、皮の苦味やうま味も含めて、レモン一個の風味が丸ごと溶け込んだレモンサワーでないと、おいしくないんだね」
そんな議論をしたのは、よく一緒に飲食店を周り、レモンサワーを飲み歩いた研究所の人とでした。
レモン丸ごとの風味とお酒が、しっかりと馴染んでいる方が美味しい。どうすればそれが実現できるのか。レモン丸ごとの風味を活かすためにはどうしたらいいのか。ある日のことでした。こだわりの強い大将のお店で飲んだレモンサワーが美味しかった。
「このレモンサワー、どう作っているんですか」思わず身を乗り出すようにして訊くと、カウンターの中のヒゲ面の大将がニコッとして、「うちは焼酎の中に、凍らせたレモンを1日ほど漬け込んだものを使っているんだよ」と、自慢げに教えてくれたんです。
「これだ!」と、思いました。早速、研究所の人と一緒にそのお店の暖簾をくぐり、大将の作るレモンサワーを飲んでもらったんです。「この味、うちの技術できますか」私のそんな問いに研究所の人はうなずいて、「こういう中身づくりの技術は、うちにもありますよ」と。
研究所では缶チューハイの開発等に活用するため、いろんな作り方をした原料酒を持っています。そのうちの一つの技術を応用すれば、焼酎に丸ごと漬けたレモンの風味をお酒に馴染ませることができる。大将が作るレモンサワーのような味が出せると。
ウイスキー屋さんの発想
レモンの表面の黄色い皮に含まれるオイルや中の果汁、薄皮の部分の渋味も表現できる方法にたどり着いた。次は味づくりです。市販のレモン風味の缶チューハイより、甘くないものという設定でした。アルコールの濃さが決まっている缶チューハイと違い、レモン味のお酒ですから、濃く割っても薄くしても、バランスが崩れず美味しく飲めるもの。
要はあと味で、飲み飽きないお酒づくりは余韻のようなものが大切です。レモン風味を馴染ませるお酒は、甲類焼酎だけではなく、いろいろな原料酒をブレンドして毎週、試作品の試飲を続けまして。
主流は紙やペットボトル入りのお酒です。ビンを使うことは、私も課長も最後まで悩みましたが、「ビンがいいんじゃないか」と押したのは部長でした。お酒として勝負するにはまずビンから。それは私たちウイスキー屋さんの発想なのかもしれません。
「永尾さん、“レモンサワーの素”はさすがにダサすぎる。鍋の素とか漬物の素みたいじゃないか。ビンのお酒を買うのに、もう少しおしゃれな名前はないのか」ネーミングにそんな感想を抱いたのは課長でした。いささか頑固な上司ですが、頑固さなら私も負けていません。
「でも課長、この商品のコンセプトを関係者に伝える時、“レモンサワーの素みたいな商品です”というと、一発で伝わりました。“素”という言葉がないと、炭酸で割るものだと伝わりにくいと思います」そんな私の主張が、受け入れられた形でした。
このお酒に込めた思い
“こだわり酒場”というネーミングは課長のアイデアです。いいなと思いましたね。レモンサワーを飲み歩いていると、会社帰りのサラリーマンが、居酒屋を羨ましげにのぞいて、「今日はやめておこう」と、家路に着く姿を何回も目にしました。お酒好きは仕事の疲れが癒される大衆酒場の暖簾を、毎日でもくぐりたいのでしょうけど、家庭があって子供がいたらそうもいかない。
一番お酒を飲む40〜50代のサラリーマンは、家で晩酌する人がほとんどです。その時に、大衆酒場っぽい雰囲気と品質を提供したかったんです。そんな思いがこの商品にはこもっています。
グラスに氷を入れ、こだわり酒場のレモンサワーの素を3分の1、もしくは半分程度注ぎ、無糖炭酸水を入れる。レモン味のお酒はありそうでなかった。開発に1年ほどかけて、発売は2018年春でした。「うまいねー」と社内の評判は上々でしたが、明日も飲みたいというお客さんの感覚を、醸し出せるかどうかは発売してみないとわからないことで……。
さて、以下は同席した広報担当者のコメント。
「当初の出荷計画は年間3万ケースでしたが、初年度に38万ケース売上げました。今年の目標は60万ケースです。通常のリキュールの新商品は2〜3万ケースが妥当な数字ですから、大ヒットと言えます。ここまで売れるとは誰も想像していなかった(笑)」
飲食店でも好評です。今年末には全国5万店ほどで、このお酒を飲むことができる予定です。お店でこのレモンサワーのグラスを手に、盛り上がる姿を見ことができるのは、酒造メーカーの社員としてうれしいです。
「飲み過ぎじゃないの」夫はちょっと心配そうですが、「あれだけ飲み歩けば、ヒットも出るよね」と、言われました。
私、お店を何軒ハシゴしても、必ずしっかりとした足取りで家に帰っています(笑)。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama