メディアに事件を求めるのは、民主主義の危機
いま、私たちが向き合っている第四次産業革命の原動力となるテクノロジーは、既得権益を壊してしまうかもしれないけれど、人々の生活を便利にするポテンシャルがあるにも関わらず、日本では、そうしたことに及び腰どころか、落ち着いた議論さえ難しい面もある。竹中氏は、歴史を振り返り、第一産業革命の頃を思い起こせ、と呼びかける。
「産業革命で、機械が本格的に使われるようになったとき、いままで手でやっていた仕事がなくなるからといって、機械を打ち壊したわけですよ(ラッダイト運動)でも、あの機械打ち壊しを許していたら、いまの発展はない。そこは、やっぱり社会のなかで説得し、職を失う人には別の職が見つかるような政策もやりながら、前向きに議論をしていく必要があると思います」
そして、こうした議論が行なえる前提を整えるために、メディアがきちんと情報を伝えることが大切であることを強調する。たとえば郵政民営化によって、国民一人ひとりに利益があったことを振り返る。
「郵政を民営化して、薄く広く、国民が便益を得られるようになったんです。でも、一人ひとりの利益って、切手代、5円とか、10円の話です。ところが、そこで切手を作っていた人は、保護されてたくさんの暴利を得ていた。で、この人たちが、すごい政治運動をするわけですよ。でも、広く便益を受ける人たちは、政治運動をしてくれませんからね、それが民主主義なんです」
もう20年近く前の話なので、記憶から薄くなり始めているかもしれないが、当時小泉内閣が雄叫びを上げながら訴えていたのは、「郵政民営化が改革の一丁目一番地」で、そこから構造改革を進めていくということだったはず。一丁目一番地の先には一丁目二番地、三番地、四番地、二丁目、三丁目があるはずなのに、構造改革が行なわれただろうか。その間に中国ではGDPで抜かれ、一人あたりのGDPでは韓国とほぼ同じになり、東南アジアの急成長には目が向かず、昔も今も変わらないことが大事にされているようだ。
「ずっと我々は同じことを言っているけれど、それが報道されないんですよ。誰が批判した、誰が誰を叩いたとか、ということばかり。私は、よく言うんですが、政策の議論はほとんど紹介されないで、政策に纏わる事件、何とかという会長が竹中を叩いたなど、事件ばかりが報道されるのです。
選挙の報道でもそうですよね、どこの市長が、どこが正しいか、矛盾しているかの議論ではなくて、安倍総理が演説したらヤジが飛んだとか、これ、事件ですよね。事件が報道されるわけです。それを、ネットが煽る時代になっている。政策の議論には『いいね!』がつきにくく、事件になると『いいね!』がつきやすいんですよ」
このインタビューは、参院選直後に行なわれたので、選挙および選挙報道の話にも広がったが、確かに私たちは、メディアに触れるときに、情報ではなく、事件を求めているようなところがあるかもしれない。ブロックチェーンなどの最新テクノロジーで、人々の生活がどのように変わるのか、それが豊かさや幸せに繋がるのかということよりも、何がどうしてどうなるか、という物語(≒事件)を求めているような面があるかもしれない。それは、まるで現代におけるラッダイト運動のようだ。スマホやSNSの普及によって感情が溢れ出し、可視化される時代であるからこそ、メディアに事件を求めるのでなく、落ち着いた議論や、冷静な判断に資する正確な情報を得る必要がある。なぜならば、正しい情報こそが、民主主義の基盤であり、それが損なわれると、デマゴーグに煽ら、間違った方向に進んでしまうからだ。
竹中氏のように世界のトップエリートと頻繁に接している知識人が、何を伝えようとしているのかに、真摯に耳を傾ける必要があるのではなかろうか。
竹中平蔵
1951年、和歌山県生まれ。慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授。博士(経済学)。一橋大学卒業後、ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年より小泉内閣で、経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、総務大臣などを歴任。『第4次産業革命! 日本経済をこう変える。』(PHPビジネス新書、2017)、『平成の教訓』(PHP新書、2019)、『竹中式マトリクス勉強法』(幻冬舎文庫、2011)など著書多数