現場を押さえ、その場で諭す
「あの人怖いです。一緒に働きたくない」「あの人は手を抜いています」等、様々なことが耳に入るが、師長が直接本人に注意を促すことはしない。約40名の部下のリーダーである。部下の看護師は師長の言葉をトップダウンと捉える。直接注意をすると「師長に怒られた」「あなた告げ口したでしょ」と、険悪な雰囲気になりかねない。
例えば夜間、ナースコールが鳴っているのに病室に行かない看護師がいると、話が師長の耳に入る。だが、その患者は用もないのにナースコールを連打すると、別の看護師の情報も得ていた。そんな時でも、その患者への対応を自分が看護師へ直接伝えるとプレッシャーになるので、言いたいことを副師長か主任に話し、本人に伝えてもらうようにしている。
現場を押さえる、これも彼女なりのリーダーの心得だ。例えば「おじいちゃん、ちょっと、それダメよ!ダメって言ったじゃない!」若い看護師が、高齢の患者にそんな言葉を発した時は、「いくら親しいからって、患者さんに対して今の話し方はないよね」と、すかさず注意をする。高齢の患者には出来る限り敬意を払い、なるだけ丁寧に接しなさいとその場で諭すのだ。
部下に対しては、グレーの部分も必要だと思う反面、彼女自身はイエスかノーか、はっきりさせるタイプだと自認している。直属の上司の看護部副部長は、人の話をじっくりと聞いてくれる。だが立場上からなのか、病棟の運営や介護のあり方等、ビジョンを語る時、自分の考えをあまり口にしない。だからつい会議の場でも、彼女は上司の意見を求めて言い過ぎるところがあり時々、反省している。
武島絵美、43才、高校3年を頭に3人の息子の母親である。忙しすぎて、子供たちはちょっとかわいそうだったなと、心の片隅にそんな思いを抱いている。仕事に対して夫は応援してくれるが、「このまま、ポストを登りつめていくのですか」、こちらのそんな問いに彼女は首をかしげ黙った。
実は、介護を受けながらリハビリをして在宅復帰を目指す、介護老人保健施設への転職も彼女は考えていた。
「私、師長になるために看護師になったわけではないので……」看護師長は管理職としての役割が大きい。もっと医療の現場に関わり、患者とともに生きたい。
人生の半ばに差し掛かり、一人の看護師として自分を見つめ直す時なのかもしれない。
取材・文/根岸康雄
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