患者を家族のように接する
患者と一緒に過ごす時間が長い内科病棟は、患者のことをゆっくりと考えられるし、家族ともじっくりと話ができる。部下たちはもうそろそろと、患者のお迎えも受容できる。
ところが、「救命救急センターは違います」武島は話を続ける。彼女は新人から約10年間、救命に勤務し、幾つかの病棟を経て再び師長として救命に戻った。
急患や事故で救命に搬送されるケースでは、亡くなる人も少なくない。「もっと何かやれたのではないか」そんな思いを師長に吐露する看護師もいる。特に辛いのは事故で亡くなるケースだ。「ご家族へのお声掛けは控えていいよ」、彼女は部下たちにそんなアドバイスをする時もある。部下たちは、雑然とした救命外来の施設の一角をカーテンで仕切り、椅子を出して家族が遺体と向き合い、手を握れる時間と空間を用意する。
治療の際に、服はハサミで切られてしまう。だから、「タオルじゃなくて、ご遺体にはしっかり布団をかけてあげようよ」と、看護師に指示することもある。
「自分の家族がされたたら嫌だと思うことは避ける、そんな介護を提供しよう」と、機会があるごとに彼女は部下たちに声掛けしている。
患者を家族のように扱う――それは医療に携わる武島の胸の内を占める心情である。「ですから、滅入りそうになったこともありましたよ」と、彼女はある体験を語りだす。
背筋が伸びた師長から嗚咽が漏れ一瞬、武島は言葉に詰まった。
さて、その体験とは――後編に続く。
取材・文/根岸康雄
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