上司はちょっと羽目を外した緩衝材
部内には黙々と開発に取り組むメンバーもいる。「うちはビジネス寄りの市場に弱い。競合がまだ、満たしていないポールペンのニーズはないか」それは上層部から、商品開発部全体への課題であった。
平の直属の部下ではないが、30代のリーダーがこの難問に取り組んだ。筆記具の代名詞のようなボールペンは、長年改良され尽くしてきた。果たしてこれ以上、改善の余地があるのか。商品開発部の男性社員は既存のボールペンを使い、ひたすら紙に書き続けた。そしてある時、問題点に気づく。
「今までのビジネス向けのボールペンの先は、カタカタ振動する。それに気づくとストレスになります。振動を抑えた商品を出しましょう」
そんな提案は商品開発部のメンバーにとって、思わずうなる着眼点だった。『ブレン』という振動抑制機能を搭載したボールペンの発売は18年12月。既存のボールペンのペン先は、内部にすき間がって振動したが、ブレンはペン先にパーツを入れて固定し、振動を抑制する構造だ。
「なにせ平はさ、これだから、これ」と、両手でグーを作り鼻の上の乗せ、テングの真似をして部下を盛り上げるのは、直属の上司である商品開発部の部長である。営業職が長かった部長はとにかく明るく、人を盛り上げるのが上手い。
「平は時々、すげえ提案をするけど、鼻毛が出てるんだよ」とか、財務畑が長くマジメでいささか固いタイプの平が、部下と馴染めるよう、部長が緩衝材の役割を担ってくれている気がして彼は内心、感謝している。
「平課長はいじられキャラだから」とか、部下に笑顔で声をかけられると、部下との距離が縮まっていると実感が湧き、まんざらでもない。ただ、飲み会で羽目をはずすのは若干、抑えてほしい。先日の飲み会では悪ノリした部長に服を破かれてしまった。
商品開発部の仕事は自分に合っている気がする。これから先のサラリーマン人生も、ヒット商品に関われる仕事をしていたいと彼は思っている。
平將人、43才。2年ほど前に結婚した。初婚である。商品開発部の仕事と同様、夕食を作り待っていてくれる人がいる新婚家庭は、新鮮である。
取材・文/根岸康雄
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