顔面蒼白になるスピーチ
藤田の部署は水泳の他にも体操と、柔道を担当するが、水着や道着やレオタード等は、競技で着用する用具、つまりギアだ。ギアの他にも選手が競技の合間に着用するウェアも提供している。だが開発はギアに集中しがちで、ウェアは売りたい商品を、選手に着て欲しいというマーケティング中心のスタンスだった。
リオ五輪の後のことだ。彼の部署が担当する競技の祝勝会のようなパーティーが催された。その席でスピーチに立ったある有名なメダリストが突然、こう声を上げたのだ。
「ミズノさん、一つ言わせていただいていいですか。ミズノさんのジャージ、腕が上がりません」
「えっー!?」各界のお歴々が集まったパーティーの壇上で有名選手に名指しされ、藤田は顔面蒼白になった。パーティーが終わるとすぐにその選手に平身低頭して詫び、さっそくウェアを改良した。ギアばかりでなく、もっと視野をもっと広げて、徹底して選手の側に立たなければと反省する出来事だった。
「さらに失敗談はありませんかって」彼はこちらの質問に、「うーん」と腕を組み、天井に目をやる。
藤田真之介、44才。結婚する気は大いにあるが、未だ独身。それが人生、最大の失敗かもしれないと頭を掻いた。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama