■連載/あるあるビジネス処方箋
私は昨年、春から年末にかけて50代の社員と仕事をする機会があった。そのとき、初めて中高年の社員を雇う側の大変さがわかるような気がした。男性社員は、社員数400人ほどの出版社に勤務する編集者だ。業界では業績はここ30~40年、上位10番以内に入り、正社員の賃金などをはじめ、労働条件はほかの業界の大企業と比べても見劣りしないほどである。
私は、2012年にデザイナーである知人の紹介でこの男性と面識を持った。その後、数年間のブランクがあったが、2018年に男性から連絡があり、3冊の本をつくることになった。男性が編集者として、私が書き手として関わる。1冊200ページを超える仕事ということもあり、当初の想像以上に精神的に苦しいものとなった。今回は、そのことを紹介したい。
意思疎通ができない
最も苦痛を感じたのは、彼と意思疎通ができないことだった。この場合の「意思疎通」とは、たとえば、本の構成についてのプロ同士の深い話し合いである。「深い」とは、「この本をおもしろくしたい」「売れるような内容にしよう」などと感想や意見を言い合うのではなく、1章から5章までの内容やその流れ、順番などについてのち密な議論である。相手を論破するディベートではなく、よりよきものをつくるために互いの見識や知見を引き出すことが必要になる。
本来、20~30年のキャリアがあるならば、このような話し合いのレベルは相当に高いものでないといけない。ところが、男性は20代の半ばから後半にかけての編集者のレベルと大差がなかった。こちらから、Aという質問をしても、Bはまず返ってこない。数分経ってから、DやEの回答が返ってくる。この間の悪さや、受け答えのズレは半端じゃないと思った。この14年間で50人ほどの書籍編集者と仕事をしたが、このようなレベルは3~5人であり、その全員が20代である。
通常、正社員ならば、50代半ばの社員は非管理職であれ、20代よりはおそらく倍近い賃金を受け取っている可能性が高い。この事実を踏まえると、本来は、仕事の力は双方である程度の差がないといけない。50代は、20代よりもはるかに上の力がないといけないはずなのだ。ところが、なぜか、50代の男性と20代の間には差がないのだ。
この出版社では、「約束」という名のマネジメントが行われている。男性から、2018年春にじかに聞いた限りでは、40~50代(正確には30代後半)の書籍編集者30人程の約4分の1は、「個人事業主」のような扱いなのだという。1年が終わる時期に担当役員などと約1時間の面談の場を設け、次年度の「契約」をするようだ。年間でたとえば、12冊の本をつくり、5000万円を売り上げる、という内容である。編集者たちは正社員であり、目標を達成できないからといって解雇になるわけではない。「契約書」をかわすことはなく、ただの口約束である。何かがあったとしても厳しい処分はなく、叱責を受けることもないという。役員と個々の編集者の、あくまでただの「約束」なのだという。
40~50代の編集者全員が、「約束」をするわけではない。副編集長(課長)になることができない人のみが対象となるようだ。つまり、俗に言う出世コースからは確実に外れている人たちなのだ。今後、60歳の定年までの間に本部長や役員などになる可能性はまずない人とも言えるだろう。私の認識では、ある意味で将来が限りなく暗い中高年の編集者にカツを入れるための施策として、役員たちは「約束」をしようとするのだと思う。