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初蔵出しに涙!復活した焼酎蔵「八木酒造」が作り出す新たな芋焼酎の世界

2018.12.29

大御所の教え

 こうして蔵は動き始めた。熱意も人も誰にも負けない。しかし、いくら熱意や場所がよくても焼酎造りにまだ足らないものがあった。

 確かな腕を持つ杜氏だ。

 こんな出来立ての海のものとも山のものとも分からない新しい蔵に来てくれる人。栄寿さんを始めとした蔵子たちの熱意を受け止められる人。そんな人材をどこから探すのか。大変な労力を要すると思えた。

 すると、次男が半年世話になっていた県工業技術センターの先生から紹介されたのが吉行(よけ)正巳さんだった。その名を聞いて、栄寿さんは驚愕した。

 吉行さんといえば鹿児島の名だたる蔵元の杜氏を歴任し、その技術力、とくに麹の扱いにかけては魔術師と呼ばれるほどの腕を持った方。鹿児島の杜氏のなかでその名を知らぬ者はいないというほどの大御所だった。

栄寿さんと吉行さん(2006年)

 しかも、紹介された時点で氏は指宿酒造協業組合の杜氏でもある。これは無理な話と思えた。ところが、

「いいですよ、私が面倒みましょう」

 最初の出会いで吉行さんは快諾してくれた! またしても拾う神が現れた。

杜氏人生の全てをここに注ぐ

「私も他の仕事があるから、週に2回くらいしか来れませんからね」

 そう言っていたはずなのに、気が付くと吉行さんは毎日蔵に来ていた。その理由を後に本人に聞くと

「最初は週に2、3回。ちょっとだけ見ればいいと思っていたのです。ところが周りはみんな素人ばかり。イチから教えないとどうにもならなかった。だから自然と毎日足を運ぶようになりました」

 愉快そうに語った。そして、教えこんでいくうちに、ここが自身の技術を存分に発揮できる場所だという思いが高まってきたという。

「小さな蔵だから自分の思うままに焼酎を造ることができる。52年の杜氏人生全ての技術をここで発揮したくなりましてね……」

 猿ヶ城渓谷のなめらかな水、荒削りだが意欲満々の蔵子たち。何より自分を必要としてくれていることへの感謝の気持ちが焼酎造りの意欲となった。自分の技をどんどん吸収しようと一生懸命な杜氏見習、大次郎さんの存在も気持ちを奮い立たせた。

吉行さんの元で杜氏修行に励む大次郎さん(2006年)

 だから高齢で足も悪いのに、毎日鹿児島市内の自宅からフェリーに乗り蔵に通い詰めた。そうしなければならない、そうしたいのだ! という強い思いがあったのだろう。周りもサポートを惜しまず、自宅~フェリー乗り場~蔵まで奥さんや蔵子たちが車を出し、毎日送迎してくれた。

涙の蔵出し

 2004年6月10日。蔵の建設開始。同年9月竣工。そして運命の10月15日。いよいよ蔵は本格的な始動を始め、仕込みがスタートした。いったいどんな焼酎ができるのだろう。まったく考えが及ばず不安感が増幅していく栄寿さん。それを見ていたのだろう。

「一年目は焼酎になればいいと思っていなさい」

 吉行さんの言葉だった。だが、これだけ多くの人が集まってくれたのだから何かしらの成果は出さねば……。栄寿さんの眠れない夜は続いた。一睡もできないまま、蔵に向かう日も多かった。もちろん食事も喉を通らない。1か月で5kgも痩せてしまった。

 同年11月1日。奇しくも焼酎の日の初蒸留。朝から蔵の空気が恐いくらいに張り詰めていた。蒸留器から滴り落ちる最初の焼酎。

 利酒をする吉行さん。不安そうな表情で取り囲む蔵子たち……。

「こっ、こっりゃあ、最高の焼酎やあ。スゴイのが出たよ!」

 あの大御所が興奮している。勧められるままに利酒をする栄寿さん。お世辞抜き、掛け値なしにうまかった。全ての苦労が報われた瞬間だ。渓谷に歓喜の声が響いた。

 みんなの思いのこもった焼酎の名は、創業時の銘柄「八千代」を伝承するという意味で「八千代伝」に決まった。人手のいるビン詰め作業は加勢が続々と加わり、一気に片付いた。みんな手弁当で来てくれた人たちだった。

 12月20日。大型トラックが蔵に横付けになり、八千代伝を満載しての初蔵出し。思わず万歳の蔵子たち。涙が止まらない栄寿さん。ふと周りを見れば、みんな泣いていた。

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