■『グラノーラ』と統合し育成する
味や食感へのこだわりが凝縮された『フルグラ』だが、発売当時は売上が振るわなかった。女性のセールス担当が気に入り熱心に売り込みを図るも、年間売上が10億円にも満たない状況が何年も続く。社内にはファンが多かったものの、事業の存続が危ぶまれたこともあった。そんな状況が1997年に変わった。この年に起こったことを、網干さんはこう説明する。
「それまで、栄養重視の『グラノーラ』と味重視の『フルーツグラノーラ』に分けていたものを統合し、新しい『フルーツグラノーラ』に一本化しました。これにより、新しい『フルーツグラノーラ』は栄養と味の両方を兼ね備えます。一本化することで営業やマーケティングを集中させ、育成することにしたのです」
この決断が功を奏し、『フルーツグラノーラ』はブレークする。唯一のシリアル生産拠点である清原工場(栃木県宇都宮市)では、当時、日曜日にフル稼働しても足りない状況で、営業スタッッフも応援に駆けつけたほど。網干さんも生産ラインに入り、ドライフルーツを投入するといった作業を手伝ったこともあった。1997年度から2003年度までは、『フルグラ』の第1次成長期。2003年度には30億円に到達したほどだった。
だが、2004年度から売上の伸びが鈍くなり、しばらくの間、30億円台が続いた。プライベートブランドの台頭などが主な理由で、この当時はヘビーユーザーのリピートによって支えられていた。同社も、シリアルを成熟商品と捉え、これ以上の伸びは期待できないと考えていた。
■「お友達作戦」を大規模に展開
しかし2012年から突如大ブレークし、第2次成長期がスタートする。突如大ブレークした要因は、社外と社内のそれぞれにあった。まず、社外の要因は、朝活に象徴される朝の時間の有効活用。朝の時間の使い方が見直される中、朝食にもスポットライトが当たり、グラノーラがパンケーキ、フレンチトーストに次いでオシャレな朝食として注目された。
一方、社内の要因とは、市場の捉え直しだった。『フルグラ』の市場をシリアルではなく、朝食と捉え直したという。捉え直したきっかけは、清原工場が東日本大震災で被災したことだった。3カ月間操業できず、まったく出荷できない中、「フルグラは売ってないのですか?」という問い合わせが同社に相次いだ。「おいしい上に、お客様からの要望も大きい。まだ可能性があるのではないか、ということから、見直すことにした」と網干さんは言う。
朝食と捉えるようにしたのは、潜在市場の大きさからだった。朝食市場は17兆円と言われており、朝食を食べていない人が食べるようになると、約1.7兆円の欠食市場ができるという外部機関の試算があるほど。網干さんは、「年間250億円程度と言われているシリアル市場は、17兆円の朝食市場に比べたらまだまだ。そこでドメインを転換し、市場を朝食とすることにしました」と言う。
『フルグラ』を朝食として利用してもらうには、子供向けや手抜きといったシリアルに対するネガティブなイメージを払拭しなければならなかった。そこで同社は、シリアルではなくグラノーラとして訴求し、とにかく食べてもらうことにした。
そのために実行したのが、「お友達作戦」と称した大規模な試食。ヨーグルトユーザーをターゲットに、『フルグラ』にヨーグルトを掛けたものなどを食べてもらいつつ、サラダに掛ける、ホットケーキに混ぜるといったレシピの提案も行ない、アレンジが豊富なことも啓蒙することにした。試食は2012年に実施し、1400店で28万人が実食。同時にサンプリングも実施し、牛乳宅配などを利用して50万袋を配布した。