■行き先は、刑務所か「行方不明」
加藤は、その後、周囲に認められ、「200メートル向こうからでも私と分るほど派手な格好」をし、真っ白なベンツを乗り回した。
だが、心の奥に、偽れない思いがあった。母に手錠姿だけは見せられなかったこと、お釣りを返そうとしたこと……いずれもそうだが、彼は、自分の心の奥底に、愛情や献身としか名付けられないものがあることに、うっすら気付いていたのだ。
「私も結局、愛情がなければ生きられなかったのです。当時の私のような人間でさえ、そうなんだ。人間、強いヤツなんて、きっとどこにもいない。人は、乾くほどに愛や、幸せを求めているんです。ただ、それが当時の私には、明確にはわかっていなかった」
加藤は違和感を覚えながらも「その道」にいるしかなかった。そんな中、彼は会社員風に言うと「親会社へ出向して教育係をつとめる」ような仕事をした。上部団体に行き、若い構成員に、煙草の火の付け方のような小さなことまで、この世界の礼儀作法を教えるのだ。だが、彼はここでも胸を痛めた。若い構成員が出所して戻ってくれば「幹部になれるんスよ!」といった口約束で重犯罪を犯す。根はいいヤツもいたが、刑務所に入るならまだしも、「行方不明」になる人間もいた。彼は葛藤に苦しむようになった。
「実は何人か、逃がしてやったヤツもいます。よその組の子を預かっているんだから、勝手なマネはできないのですが……もう時効でしょ(苦笑)」
よいことをして「時効」もないが、彼は生来持って生まれた「愛されたい」思いと、自己犠牲をもいとわぬ気持ちを捨てられなかった。捨てようがなかった。それが本来の自分だったからだ。そんな折、彼に転機が訪れた。加藤いわく「今でも話せない」らしいが、様々な事情で、スーツの件の人物と、当分、会うことができなくなってしまった。殺されたわけではなかったが、当分、活動ができなくなってしまったのだ。
その瞬間だ。彼が身にまとっていた力のオーラは消えてなくなり、同時に、偽りの愛情がすべて明らかになった。彼女が敵対する組織に連れて行かれた。仲間だと思っていた人間が、彼を売った。捨て台詞は「あんたが組織の人間だから着いてきたんだ。別にあんたに着いてきたわけじゃない」だった。
加藤はやつれ、髪が抜けた。
「まだ20台の後半でしたが、今より、歳をとってみられていましたよ。そして、スーツの件の人物が復帰しないと決まって、その瞬間、僕の存在は宙に浮いてしまったんです」