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暗い目をしたレッサーパンダ、タオファの秘められた真実

2018.10.26

タオファの真実

 今年6月に初産でフランケンの子供を授かったタオファが、繁殖のために東北サファリパークから多摩動物公園に来たのは昨年の春でした。

 当時のタオファは実に神経質な個体で、私が寝室の前を通っただけで、バーンと入り口の網にぶつかってきたり。人に攻撃を加えようとするレッサーパンダは、はじめてでしたから驚きでした。

 タオファは暗い目をしてこちらを見る。リンゴを見せても寄ってこないし、人が見ている前で餌を食べない。

 なんでこんな個体になったのかな……、不思議でしたが、東北サファリパークでタオファが暮らしていた環境を知って、なるほどなと。タオファはこちらに来る直前まで、母親と一日中、一緒に過ごしていて母親から離れなかった、親離れができていなかったんです。

 そりゃそうだよね、一人で知らないところに連れてこられて嫌だし不安だよねーとは、思いましたが。だからと言って、接触するのは餌をあげる時ぐらいで。タオファに同情して必要以上の世話を焼いたつもりはありません。彼らには彼らの社会があるので、その世界でうまくやっていってほしい。レッサーパンダから見て人間はただ、餌を持ってくる存在で、それ以外はいてもいなくてもいい。そんな関係が望ましいと私は思っていますから。

 しばらくするとタオファは私がいることにも慣れ、私が見ていても餌を食べるようになって。攻撃的なところもなくなり、来た当時のことを思うと、今では見違えるようです。こちらに来た年の冬にはフランケンとカップリングに成功して。

 タオファは桃花と書くのですが、6月に生まれたメスはスモモの花と書いて、李花(リーファ)と名付けました。

生まれた子供の世話は親がする、では親の世話は誰がするのか?

 出産から2ヶ月ほど経つと、赤ちゃんが巣箱から顔を出すようになり、3ヶ月を過ぎると巣箱から出て、お母さんの寝室をピョンピョンと跳ねまわり、人に興味を持って寄ってきたり、少しずつ竹を噛みはじめます。

 そんな仕草を目にしても、あまり思い入れないようにしているのは、ペットと違う野生動物だし、いつ担当替えになっても、ヘンに寂しい思いを抱きたくないからです。

 飼育員として、初めて経験した哺乳類の繁殖がレッサーパンダでした。それは14年に生まれたアズキとフランケンの2頭の子で、子供はすでに他の動物園に婿入りしましたが、あの時のことは一生忘れません。

 当時の私は動物が子供を産むということが、自分の中でピンときていなくて。野生動物と人との距離が近くていいことは何もないと、日頃から思っている私ですから、赤ちゃんが産まれたら人がいなくても、親が何とかするだろうと。

 出産当日は休みでしたが、代番の飼育員の先輩もベテランですし、「明日産まれているかもしれませんが、いい感じでやってください」みたいな伝言をしまして。巣箱の中にカメラがあるので翌日、「子供が無事産まれました」と言う連絡をもらったのですが。

「高津さん、代番の飼育員に頼みきるのではなくて、自分が休みの時に産まれたらどうするのか。しっかり伝えておかないと。担当なんだからあなたがやらないと、担当動物のケアは誰もやってくれないんだよ」

 後で、別の先輩にそう言われまして…。

 ショックでした。警戒心の強いレッサーパンダは、出産からしばらくは一番神経質になっている時で。餌はそっと足すのみで、寝室の掃除はしない、出産した個体の寝室の前の通路も近くの水道もできるだけ使わない等、本担当の私が事前にわかっていたことを細かいところまで、代番の飼育員と共有すべきだったんです。

 生まれた子供は親が世話しますが、親のケアは誰がするのか。野生動物に人が介入していいことはないと思っていますが、それとは別の問題として、落ち着いて子育てができる環境を整えたり、子育て立てに必要な体力を維持できるような餌に気を配ったり。親にきちんとしたケアをするのは、レッサーパンダの本担当の私ではないかと。

 それからは特に出産からしばらくは、獣舎に近づかず人の気配をさせない。赤ちゃんがおっぱいをちゃんと飲んでいるか、カメラのモニターでしっかり確認して。動物の状態に一層、気を配るように意識するようになりました。

 繁殖をはじめ、たくさんの経験をさせてくれて、飼育員としての心構えを教えてくれた。そんなレッサーパンダは、私にとって特別な「同僚たち」なのです。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama

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