不器用だが自分なりの方法がある
「最近どうなの、顔色も悪いし元気ないよ」
2才ほど年上の上司からそう声をかけられたのは、入社して半年ほど経った頃でした。自分にできるのは体を動かすことぐらいで、朝は誰よりも早く8時10分に出社して、事務所の鍵開けをしていました。慣れない仕事で残業が多くなり、平日は睡眠時間も十分に取れない。第一に営業職なのにうまくしゃべることができない――上司は僕の愚痴めいた話を黙って聞いてくれて。
「笹森くんさ、まず元気になろうよ、元気さだけは忘れずにやり続けよう」上司に諭された後、「まず挨拶からやり直してみようよ」と、促されて。
応接室の外に出てコンコンと扉をノックして部屋に入り、「失礼します。ジェイックの笹森と申します。本日はよろしくお願いします」これを上司の前で、30分ぐらい繰り返したんです。すると、だんだん大きな声が出るようになり、霧が晴れるように気持ちも明るくなってきました。
挨拶の練習なんて、自分でやれよと思うのがふつうです。ところが上司は仕事が終わった後、時間をとって付き合ってくれて。
正直、入社してしばらくは“辞めようか……”という思いを何回も抱きました。でも前職に続き、就職をしたのにまた早々に会社を辞めてしまうと、自分の人生が終わってしまうような思いが頭をよぎったのと、上司もそうですが、この会社の先輩や同僚が親切にしてくれた。
「今日どうだった?」「何か困っていることない?」とか、いろんな人が声をかけてくれて。
入社して半年を過ぎる頃から徐々にですが、訪問する企業さんに、曲がりなりにも会社のことを説明できるようになってきました。
例えば、
「あなたの会社の紹介者は、前職を早期退職したり、正社員としてのブランクのある若者が多いけど、大丈夫なの?」
「挫折の経験があるからこそ、みんな逆に人生を挽回したいという思いを抱いています。弊社の研修を受けているので、モチベーションも高いものがあります。事実、うちの紹介者の定着率は94%を超えています」
「でもね……」
「一度、挫折を味わった人間のほうが強いです。僕も前職は半年で辞めましたが、今は一人前になりたいと思っています」
頑張っている自分をみてください、不器用な僕はそんな感じで、うちの求職者に対する企業の理解に繋げていきました。
入社して1年もすると、仕事にも慣れてきて、この業界でやっていけそうだという自覚を持つようになっていました。ところが、そんなある日のことです。
「笹森くん、キミはもっとできる人間だと思っていたよ」挨拶の練習をしてくれた上司に、落胆したような口調でそう言われたのです。
仕事より趣味や交友関係を充実させたいと転職した笹森さん。いつの間にか仕事に奮闘する社員になっていたが、尊敬する上司はそんな彼にどんな苦言を呈したのだろうか。その詳細は後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama
撮影/高仲健次