企業へ出向く際も原則一人で
全国に企業は約400万ありますが、なにせ労基署の監督官は約3000人足らずですから、
「どうせ、うちの会社に労基署の人間は来ないよと思われては困る。臆することなく監督に行ってこい!」と、上司には言われていました。監督に出向く企業は署で決め分担しますが、近年問題の印刷工場や石綿を含む建材を使った建物の解体工事現場、粉塵の問題やマンガン等を使う化学工場や鋳物工場等も対象となります。
企業に監督に行く時は原則、私一人です。工場の責任者は、30才そこそこの自分の娘のような監督官に、いろいろ言われるのは癪にさわるのでしょう。私も幾多のアルバイトを経験し30才で監督官に任命されましたから、円滑に話を進める術はそれなりに身に付いています。
「調査に来ました」と社内に通されて、相手に嫌な顔をされたら、「創業はいつなんですか」「はー歴史がある会社なんですね」「社名の由来は?」「ああそうなんですか」とか。新聞はよく目を通して時事ネタも織り交ぜたりして。
会社の人と一緒に工場の中を見回るのですが、その場で言わないと、何が問題なのかわかりませんので。「ちょっとここは直してもらわないといけないですね」とか言いながら。マンガン等の化学部質を扱う工場なら、労基法に沿って「従業員の方の健康診断は定期的に行ってください」、粉塵が舞っている現場なら、「ちゃんとマスクを着用してくださいね」「研磨機に接触予防装置は付いていますか?」
化学物質を使っている場合は、工場内に表示をしなければならないことを指摘したり。一通り見て回り後日、改善を促す点を文書にして、参考資料を添えて送ります。
「うちの業界を100%わかっていないのに、何言ってんだ!?」
時にはそう声を荒げる人もいます。
「すべての職種について100%わかるわけではないですけど、私たちは法律を守ってもらいたくてお伺いするわけで……」
「何も知らないクセして来やがって!」
私は素直で(笑)、嫌なことを言われると顔に出るので、その点注意していますが、その場で言い合っても何も解決しません。
「では一度持ち帰って、専門の職員に確認してみますね」と。相手も私一人の意見なのではないかという疑いがある。そこで再度その会社を訪問して、「安全衛生に詳しい職員に聞きましたし、やはり私と同じ意見でした。法令も確認しました」そう告げると、会社側も法律で決まっていることは守らなければいけないと、納得してくれ改善に取り組んでくれます。
私たち監督官の主な仕事は、このように会社に赴いて労基法の遵守を監督することと、労基署の窓口に来た人の相談対応なんですが――。
この労働基準監督署の窓口に来た人の対応が、また社会を映す鏡のようで、一筋縄ではいかない。人間臭いエピソードは後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama