■4年もやってもこれかよ……
筒状の品物を絞った時、寸法ゲージという正しく寸法が出ているかを確認する製品のモデルがあって。その時は寸法ゲージに入らないように絞らなければいけなかった。僕もそこはわかっていて、一つ一つ寸法ゲージに入らないことを確認しながら絞ったんですが。次の工程でうちの旋盤屋さんが削る作業に取り掛かると、僕の絞った品物の寸法が、違っていることがわかった。
「おい、久保田、お前、応力がかかることを忘れてなかった?」上司に言われて。
しまった……応力を計算に入れてなかった。製品は応力が働いて膨張し、寸法が合わなくなってしまったんです。
「何で俺に聞かなかったんだ。全部やってからじゃ遅いんだよ!」上司にはけっこう強い口調で言われました。ただでさえこの仕事は工賃が高く取れないのに、一週間近くかけて仕上げた40個ほどの品物はすべてやり直し。
4年もやってもこれかよ……心が折れましたね。会社を無断欠勤した。もう辞めよう思いました。ところが僕を叱った先輩で仕事を教えてくれたすぐ上の上司が、僕の家を訪ねてきたんです。当時、一人暮らしを始めたばかりで、会社にも新しい住所を届けてなかったから、上司は僕の兄のところに行って家を突き止めて。
「俺もずいぶん失敗したよ。まだ4年だろう。4年で絞りが完璧にできるようになるなら苦労はいらないよ。もう一回やり直せるじゃないか」上司にそんな言葉で諭されました。
俺はこの仕事、嫌じゃない。工場のみんなも期待しているみたいだ。よし、新たな気持ちで取り組んでみようと。
加工する金属板の材質には、アルミ、鉄、ステンレス、真ちゅう、銅、チタン等があって、チタンの加工はまだやらせてもらえません。今、任されている仕事は銅板を絞って、洗面器のような円筒状の品物を作る作業ですが、コマと呼ばれるローラーを自動機で板に押し当て、絞っていきます。急激に絞ると白い筋が入ってしまうし、銅板の回転に合わせてコマを押し当てる動作が必要で、なめらかな絞り方が身に付いていないとできません。これを任されるまで1年以上かかりました。
「おー、上手くなってきたじゃん」
この前、上司にそう声をかけられました。でも上司はこの絞りの仕事で、1日120個の品物を作れますが、僕は70個がせいぜい。上司の半分も、へら絞りの技術は身についていない。まだまだこれからですよ。
取材・文/根岸康雄