■アルミの板をくの字型に曲げるまでに3ヶ月
辞めようか、電気の配線の技術があるし、食うのに困ることはない……、そんな思いも頭をよぎりました。でも、自分にはできないへら絞りを楽々とこなす人たちがいる、俺にできないことはないだろうと。電気の配線と比べたらはるかに精度が問われるし、何より奥が深い仕事です。「すみません、もう一回見せてください」まず見て覚えて。僕の後ろで上司が一緒にへら棒を持ってくれ、へら棒の使い方のコツを教えてくれたりして。
覚えたことはノートに書き込みました。初めて使う工具も、例えば0.01ミリ単位のものを測るマイクロメーターなら、ノートに絵を描いて。「細かい目盛り一つが100分の1」とか、その絵に書き加える。1ミリ以下のものを測るノギスも「セットする時、オスをメスに当てながら六角を閉める」とか、絵に文字を書き加えて。
アルミの板をくの字型に曲げる仕事ができるようになるまで、3ヶ月ぐらいかかりました。徐々にやらせてもらえる仕事が増えましたが、難しかったのはドーナッツを半分に切ったような品物。一枚板を丸くR状に成形するへら絞りです。金属の板を外側に丸く絞り、真ん中に穴を開けて内側を絞る。
この品物は高電圧が流れるところに、カバーとして用いられるんです。カバーで覆うことで高電流が散らばらず、より集中して流すことができる。丸みが弱くて角があったりすると、そこに電気が集中して最悪の場合、爆発する危険があります。だからなめらかな丸みが大事で、この絞りを体得するだけでも、1年では難しい。
5年を経ても、まだやらせてもらえない仕事はたくさんあって、例えばH−ⅡAロケットの先端部のへら絞りも、僕の腕ではまだ無理です。
H−ⅡAロケットの先端部のへら絞りがいかに大変か。へら絞りの技術の難しさを前に失敗の苦渋を舐め、心が折れかかり会社を無断欠勤。仕事を辞めようかと思ったエピソードは後半で。
取材・文/根岸康雄