■うんこがパーンと
人と同じように、チンパンジーにも個性がある。一頭一頭に対してどう付き合っていくかを考えていかなければなりません。例えば若いメスのミルは名前を呼んでもこない。「ミル!」と、強い口調で呼ぶとヘソを曲げてしまう。逆にメスのミカンはちょっと強めの口調で名前を呼ぶと僕に従ってくれる。
ニコニコしているとなめられるのかもしれない、そんな思いからも、ミカンには強い口調になったんですが、「田口くん、半年は怒っちゃダメだよ」と、先輩に言われまして。
「関係性が築けていないのに怒ると、“この人は嫌い”というイメージを植え付けることになるからね」と。なるほど、人間もそうだなとうなずきました。
オスのマックスは関係を築くのに時間がかかったチンパンジーでした。ある日の朝、格子越しに通路から運動場に出る扉を開こうとした時、「朝からお前の顔を見るとムカつくんだよ」という感じで、思い切りうんこを投げつけられて。餌は果物や野菜を中心に1日15品目以上、量も一頭ずつ管理されていて、それほど臭くはないのですが。パーンと手に当たったうんこの衝撃に、今更ながらチンパンジーの力の強さを感じました。
オスのデッキーは男性や見知らぬ人に対して、毛を逆立て鉄格子や地面をバンバン叩いたりディスプレイをする。デッキーとはなかなか打ち解けることができませんでした。「あの子とはたくさん遊んであげて、関係性を築け」と、先輩からのアドバイスにもらい、手の甲に触る握手を延々と繰り返したり。
ある時、機嫌がいいと遊びに誘うことがあることに気づいて。鉄格子越しにデッキーが走るとそれに着いて僕も走る。檻を挟んで行ったり来たり、チンパンジーと追いかけっこをするんです。「アッアッアッアッ!」デッキーは歯を見せて大笑いして。そんなこと繰り返してデッキーとも徐々に関係を築きました。
冬は布団代わりに麻袋を渡します。チンパンジーはそれにくるまって寝るのですが、寒いから朝になっても、袋から抜け出るのを嫌がるのがいる。日本で2番目に高齢のおばあちゃんチンパンジー、57才のペコはいつまでも麻袋を返さなかった。でも、ある時から僕のお願いに応えるように、渋々という感じで麻袋を返してくれるようになりました。
毎日、餌をくれたり掃除をしてくれたり、遊んでくれたりする。いい人なんだとチンパンジーが認めてくれた、彼らとの距離感が縮まったかなと実感を持った出来事でした。
チンパンジーは群れで生活をする動物だ。個性を持ったそれぞれのチンパンジーが、群れの中でどのような行動をとるのか。人間社会を彷彿とする珍エピソードは後半で。
取材・文/根岸康雄