■結局は人だ
長野では上司は高崎市内に駐在していましたから、長野での仕事はほぼ一任されていました。営業の範囲は長野全域ですから、車で月に3000kmぐらい走りました。スキー場が多いのも長野ならではで、「山上げ」という営業があったんです。スキー場に商品を運ぶ定期便はないので、商品一つ一つに自分で値段のラベルを貼って車に積み込み、雪道を走ってスキー場に届ける。
「そんなことをしても、費用対効果に合わないでしょう」営業会議ではそう指摘されました。でも歴代の先輩たちが築いた人間関係ですから、僕も真摯に取り組みたかった。今は会社の指示で終了しましたけど、経験できてよかったですね。
「山上げ」をやってみると、スーパーや量販店とは違うものが見えてきました。スキー場の陳列棚は量販店よりはるかに品揃えが少ない。棚に置く商品をよく吟味しないといけない。量販店と違い、お客さんはパッと見て素早く商品を手に取る。小腹を満たしたいんです。チョコレートを買いますが、板チョコは体温で溶けたり転んで、ボロボロになったりするからあまり好まれない。『CUBIE』という一口サイズのチョコがよく売れた。携帯に便利な果汁グミも好まれました。
マーケティング部に異動になってまだ1ヶ月ほどですが、スーパーや量販店だけでなく、特殊な環境での売れ筋を観察できたことで、細かい視点で商品を見ることを覚えた。商品の販売とサービスの促進という今の部署の仕事に、その見方は必ず役立つと思っています。
あるスキー場の社長には、「菓子より、カレーライスの方が利益率は高いよ」とか言われましたけど。「最近、売り上げはどうですか」雪道を運転して幾つかのスキー場を訪ね、挨拶をすると責任者は嬉しそうな顔をしてくれて。異動が決まった時は餞別に、ビールを1ダースくれたスキー場の社長もいました。
結局は人だ、営業で何より大事なことは人を裏切らないことだ――3年以上、長野での営業を経験し、そんな思いをはっきりと持つようになりました。
これからの時代、AI(人工知能)が発展し、今ある仕事の半分以上はAIに取って代わられると言われています。でも人間関係が要となる営業職は、機械に取って代わられることはまずあり得ないでしょう。営業の仕事を通して人間関係を築き、信頼を勝ち得る術を学んだことは、僕にとって大きかったですね。
取材・文/根岸康雄