「どうぞ、始めてください」という船長のアナウンスで仕掛けを海に落とす。と、いきなりアタリ。竿を合わせ魚の重みを感じながら、リールを巻き上げる。使い込んだ電動よりも、さすがは新品、巻き心地も気持ちいい。しかしながら、巻いているとふっと軽くなる、軽くなっては重みを感じる、の繰り返しが数度続く。
軽くなるのは魚が海面に向かっているからで、これはヒラメではない。ヒラメなら海底に向かって引く。上がってきたのはイナダだった。ちなみにイナダは出世魚で、成長するにつれて、ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリと呼び名が変わる(関東の呼称で、関西では異なる)。イナダはヒラメの外道の定番だが、あまり美味しい魚ではない。まあ第1投で当たったのだから、幸先良しとしよう。
ところがそれっきり、全くアタリがない。釣友二人も同様だ。「来ないね」とぼやきつつ、2時間ほど経過した8時過ぎに、岡野さん、正林さんの順で小型のヒラメを釣り上げる。1キロ未満のヒラメをソゲと呼ぶが、どちらもソゲだ。羨ましくもないサイズゆえ、一人釣れない動揺もない。その30分後くらいに、ガツンと元気なアタリが来る。ヒラメ釣りでは多くの場合、前アタリと呼ばれるイワシを噛んでいるだけのアタリがあり、ここで合わせると針がかりしない。
これをすっぽ抜けという。よって元気なアタリは、ヒラメである可能性は低い。リールを巻くと先ほどのイナダよりはるかに強い力で引くが、下に潜らず左右に走ろうとする。青物と呼ばれる回遊魚特有の引き方で、案の定、上がってきたのは青物。でもイナダではなく、小型のカンパチ、通称ショゴだ。
中乗り(タモ=網で魚をすくったり、餌のイワシを配ったり、絡んだ糸を解いてくれたりする人)の白井さんが「ソゲよりショゴの方がずっと旨いよ」と、本命を釣れない僕を励ましてくれる。と共に、「ヒラメは艏(みよし=船の一番前)と艫(とも=船の一番後ろ)がどん底の時も多いから、釣り座としてはよくないんだよ」と不吉な宣託もしてくれる。
9時頃、岡野さんの竿が大きくしなる。リールを巻こうにも巻けない。「千葉県か?」「地球か?」なる声がかかる。仕掛けが海底に引っかかり竿が引っ張られる状態を根掛かりというが、その別称だ。隣で見ていた僕も根掛かりだと思っていたが、岡野さんは「生体反応(魚が引くことをこのように表現することがある)がありますよ」と興奮している。
やがて少しずつリールを巻けるようになり、満月のようにしなった竿は時折グイグイと海に刺さる。これは相当な大物だと確信したが、横に少し走ったのでワラサかカンパチだろうと推定。僕のラインに絡んで獲物が外れないように、仕掛けを巻き上げた。やがて水中に見えてきたのは、まごうことなき大ヒラメ。