【STEP 02】試作とサンプリングを繰り返し、完成度をUP
「楽しい」の声を力に変えた

モニター調査は、ほかの製品より格段に早く、企画の段階から始めた。大きさも握った時の側面の形も調査をもとに決まっていった。
発案時のアイデアが形に

商品名はコンペで提出したものと同じ。ここに並んだ条件も、1つも落とさずに形にした。提案から発売までは4年かかったという。

「ズボラ」の裏に隠された優しさ
これを受け、企画部門が中心となって販売戦略を練った。栗田が興味深い言葉を口にする。
「こういう場面で『ムダ毛を気にするのは女の子だからピンク色にしておけばいい』というような『根本的な考え方』があると、そちらに引き寄せられてしまうんです。今は男の子でも体毛を気にしますからね」
すなわち、すべての先入観を捨てゼロベースから始めるべきだった。例えばパッケージ。子どものイラストは男女どちらにも見えるように描いた。フォルムが丸いため、売り場ではカミソリだと認識されない。そこでパッケージに描いた黄色い丸を「毛」に見立て、透明な窓を使って斜めからざっとそるイメージをラインで表現した。
「同様にカミソリだとわかるよう、パッケージ裏の一部を透明にして、五角形の刃が見える構造にしました。丸い本体は袋の中で位置が定まらないため、専用のトレーに入れて固定しています」
貝印はこれまでもパッケージ越しに刃を見せたことがあった。トレーで固定した商品もあった。すなわち今回発案したのは「新たな組み合わせ方」だった。
関市には数多くの鍛冶や問屋があった。だがその中で貝印は世界に打って出て欧米でもファンが多いほどの企業になった。この商品にも、貝印を世界のステージへと導いた「野鍛冶の精神」や「DUPS³」や過去の製品づくりで得た知見など、その歴史が活きていた、と言えるだろう。
2025年12月、得意先を集めた新製品商談会で商品はバイヤーを驚かせた。量産の都合で発売は翌年5月とされたが「もっと早く欲しい」と言う人さえいた。こうして商品が発売されると、出荷は計画比300%に達し、一時期は公式通販の入荷待ちが約1000人にもなった。金村が話す。
「実は評価の中に『子どもが〝これを使うのが楽しい 〟と言っている』という声があったんです。恐怖心を取り除いて直感的に使えるフォルムにしたことで、結果的に〝楽しいカミソリ〟になったのは意外でした」
それだけではない。きっとこの商品には続きもあるはずだ。実をいうと子どもの毛も大人の毛も硬さは同じ。すなわち、いつかカミソリを「何本」と数える習慣が変わり、この形がスタンダードになる日さえ来るかもしれない。
こういった「形を変える」進化はガラケーがスマホに変わる瞬間のように、そう簡単に訪れるものではない。金村と栗田に、どうすればこんな商品を開発できるのかを聞くと、栗田はこう答えた。
「机上でずっと考えて出てくるものではないんです。これまでの経験と、思いの強さ、普段からいろいろなものを見ていること。それが全部重なった時に出てくるんだと思います」
もちろん栗田自身にも強い思いはあったろう。まさに壮大なる「ケガの功名」と言うべきか。一方、金村はこんな話をする。
「実は私、学生の頃、片手が不自由な女性がもう片方の腕にヘアブラシの柄を紐で巻きつけて髪をとかす姿をテレビで見たことがあったんです」
今はどんな番組だったかも、その方の名前もわからない。当時、金村はカミソリに関わっていなかった。それでも心に残ったのだから、彼女の言葉にできない深い部分に響きつづけたのだろう。
「着想した時、手で握って360度どの方向にも使えるカミソリがあれば、あの方もそりやすいかな? と思ったんですよね」
もしかしたらこれを「魂がこもった商品」と言うのかもしれない。だが金村は「私がズボラだから思いついたのかも」と笑いに変えた。ちょっと奥ゆかしいが、その「ズボラ」という言葉の裏にあるのは、子どもも含む誰もが無理なく直感的に使えるように、という究極の優しさでもある。
現代の「野鍛冶」たちの商品は、世界のカミソリを変えるだろうか。古田が話す。
「私は、自分たちが作った商品が様々な店の棚に並んでロングセラーになる、そんな場面が楽しみで開発しています。この商品も、そうなったらいいですね」
【STEP 03】パッケージでどう商品を表現するかが最終課題


専用トレーの採用や裏に刃が見える窓を配置するなど、パッケージでの商品の「伝え方」にもこだわった。親に安心してもらえるよう、医師53名の推薦も取った。実はこれが最も工数のかかる作業だった。

貝印『なでそり』ヒットをひもとく挑戦者たちの足跡
子どもの「初めて」に着目し、カミソリの常識を変え、新市場を切り拓いた3つの挑戦。
POINT 1|自らの「痛み」から見つけた新市場
POINT 2|「なでる」という発想からカミソリの形を一新
POINT 3|安全性と使いやすさを徹底的に追求
取材・文/夏目幸明 撮影/タナカヨシトモ(VIVOT)、黒石あみ 編集/原口りう子




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