駐車場での激論と、問い合わせからの開拓
ここからは未知の連続だった。
「お客様に早くお届けすべく、開発スピードを速めるために新規事業を支援する外部企業と組み『株式会社fufumu』を設立しました。しかし起業の経験はないので、『実印が必要!?』『どこにあったっけ』という状態でした」(竹内)
販路も手探りだった。ECサイトで売ると決めたが、その制作もマーケティングも在庫管理も未知の領域だった。大嶋と竹内は、時に本を読み、時にキッコーマン本体のEC担当者や新規事業支援を行なう外部の人からアドバイスをもらいながら進めていった。原料の調達も手探りだ。インターネットでこだわりがありそうな生産者さんを探し、ホームページの問い合わせフォームから連絡を入れた。素材の味を活かさなければ、赤ちゃんは次に食べた時〝別物〟と認識してしまうかもしれないから味は非常に重要だった。
この事業は食材を納入する側にも難しさがあったはずだ。絶対に事故は起こせず、数量も少ない。そんな中、多くの人が協力してくれたのはなぜか。聞くと、2人は考え込み、竹内がこう答えた。
「実は後日、原料のサプライヤーさんに『なぜ私たちと付き合ってくれたんですか』と聞いたことがあるんです。すると『目が本気だったから』と言われました」
彼らはその後、味、溶けやすさの微調整、パッケージ、そのイラスト、さらにはECサイトのボタンの大きさまで、自分たちで仮説を立て、プロに聞き、手探りで改良を繰り返していった。時には「本気」が一風変わったシーンを描き出しもした。
「(キッコーマンの工場や研究施設がある)野田の駐車場で、私が運転席、大嶋が助手席のドアを開けて立った状態のまま、40分くらい話し込んだことがありました。ちょうどクルマから降りる時に、その時話していたことに関して意見が割れ、そのままでは終われなかったんですね(笑)」(竹内)
聞いていた大嶋が苦笑し、竹内が言葉を継いだ。
「必死だったんです(笑)。ただ、そんな必死さは人に伝わるんでしょう。実は発売後、商品が欠品になりそうな時があったんですが、この時、サプライヤーさんなど多くの方が全力で力を貸してくれました。チームだから、時に議論にもなります。でもチームだからこそ、危機を乗り越えることもできたんです」
かわいい!も重視した開発中の写真を公開

出張からの帰社後、最初に大嶋と竹内が手掛けた試作品。育児を楽しめるよう、使いやすいだけでなく、見た目のかわいさにもこだわった。右はまだ試行錯誤を重ねる前に作られたピーナッツのパッケージ。

『fufumu』の公式キャラクター「もぐらくだ」。赤ちゃんが「モグモグ」食べる様子と、親の離乳食作りが「ラク」になるようにという開発者の願いがこもる。右は「もぐらくだ」誕生前のイラスト案。
かわいくて、安心もできる印象の商品を目指しました

鳴り止まない「ピン!」伝統企業に息づくDNA
こうして23年10月『paqupa』は通信販売からスタートを切った。しかし、認知がないから全く売れない。竹内が話す。
「自信を持って出したものの、発売から1か月間は厳しかったですね。これはやばい、と思いました。ところが……」
〝いいものは売れる〟などという感覚は甘いはずなのに、この時はそれが起こった。大嶋が話す。
「ある時、SNSで『こんな商品見つけた、欲しかったよ』と紹介してくれた方がいたんです」
〝欲しかった〟という等身大の言葉が、離乳食作りに悩む親たちの共感を呼び、商品がSNS上で拡散されていく。竹内はその日のことをよく覚えている。
「注文が入ったことを示す、ECサイトの管理画面の『ピン!』という音が鳴りつづけるんです。うれしいと同時に『翌日の配送対応が大変だぞ』と思いましたね」
この反響は茂木もよく覚えている。彼は「誰かが指示するとやる気をそいでしまうから」と少し距離を置いて見守っていたが……。
「SNSを見ると、お喜びいただいている声があふれているのです。これを見ながら『新規事業チャレンジやってよかったな、今後も続けていこう』と思いましたね」
100年以上の歴史を持つ食品メーカー・キッコーマン。昭和から平成にかけて醤油を北米や欧州にも普及させ「TERIYAKI」を世界共通語にしたのも同社だ。歴史が長く、組織が大きくとも、アグレッシブさは失わない……そんな組織風土は、こんな風に受け継がれてきたのかもしれない。
躍進は続く。SNSでの反響を見た乳幼児向け商品の専門店が「当社でも扱いたい」と声をかけてくれた。ユーザーの声に答え、「えび」や「かに」も発売した。その中で大嶋はこんな手ごたえを得た。
「お子さんの数は減っていますが、その分、保護者の方がお子さんと向き合い、商品を真剣に選定してご意見をくださいます」
すなわち、彼らは「少子化」というネガティブな要素も乗り越えていたのだ。そんな中、竹内は忘れえぬシーンを見た。
「発送先の整理をしている時、何度もインタビューをさせていただいたお母様のお名前があったんです。これは嬉しかったですね」
笑顔で話す2人。しかしそれを優しく見守る茂木は、彼らを称賛しつつもこんなセリフを口にするのを忘れなかった。
「ただし事業って立ち上げるだけで満足しちゃいけなくて、喜んでくれる方を増やす努力を継続することも大切なんですよね」
この引き締め、同社伝統のマネジメントなのだろうか。2人は微笑ましくも姿勢を正し「はい、これからです!」とばかりに頷いた。
「困りごとを解決!」で社の未来を切り拓け

子育てイベントに出展、手作りのブースに商品を並べた際の記念写真。来場した保護者へ開発者の二人が直接、商品の魅力をアピールし、その熱量を伝えた。
彼らの持つエネルギーがこれからの市場を切り拓く最大の力になるはずです

新規事業創出制度は登頂が難しい山の名から『K2』と名付けられ、今も新たなプロジェクトが進行中だ。
fufumu『paqupa(パクパ)』ヒットをひもとく挑戦者たちの足跡
伝統と新規性を両立したキッコーマンの新規事業。ヒットの裏側には、3つの視点があった。
POINT 1|「当事者体験」から見つけた新市場
POINT 2|生活者の声を聞きキューブ形状を採用
POINT 3|社内ベンチャーを成功に導いた熱意
取材・文/夏目幸明 撮影/干川 修 編集/髙栁 惠




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