SNSを中心にZ世代の間で広まっている「残業キャンセル界隈」という言葉。定時になったら仕事が残っていても帰ることをよしとする価値観だ。
トレンドワードとなった背景は?企業・社員にとってのデメリットは?専門家に話を聞いた。
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「残業キャンセル界隈」のトレンドの背景
「残業キャンセル界隈」のトレンドの背景について、Z世代に詳しいワカテカわしお氏は次のように分析する。
【取材協力】
ワカテカ わしお氏
リ・カレント株式会社 人材組織開発プロデュース部 Z世代キャリア開発「ワカテカ」室長。「Z世代の本音」をテーマに研修講師として年間80日程度登壇をしながらZ世代理解と世代間協働を促進する。
「背景には複数の要因が複雑に絡み合っています。まず、2024年に『風呂キャンセル界隈』などのSNSスラングが流行し、義務感や社会的期待から解放されたいという若者の心情が言語化される土壌が形成されました。『残業キャンセル界隈』はこの流れの延長線上に登場したワードです。
次に、2018年の働き方改革関連法の施行により、残業時間の上限規制が法定化され、2024年には建設業などへも適用が拡大されました。平均残業時間も2年連続で減少するなど、長時間労働の是正が社会全体で進んでいます。Z世代はこうした法的・社会的変化に最も敏感に反応している世代と言えます。
さらに、コロナ禍を経て働き方の価値観が『仕事中心』から『自分らしさも大切にする』時代へと変化しました。Z世代は『タイパ(タイムパフォーマンス)』を重視し、仕事を『生きるための手段』と捉え、可処分時間を自己啓発や副業といった将来のキャリア形成に充てる合理的な戦略を持っています。『残業キャンセル界隈』は、単なる若者の甘えではなく、こうした構造的変化の中で生まれた、長時間労働文化への静かな拒絶反応であり、共感と連帯を求める自己防衛的な表現だと考えられます」
「残業キャンセル」によって職場に起きる変化
「残業キャンセル」が職場に蔓延していった場合、どんな変化が起きるだろうか。
「残業キャンセルの広がりは、職場に二面性のある変化をもたらすと予想されます。ポジティブな変化としては、業務の効率化と生産性向上です。定時退社を前提とすることで、会議の削減、業務プロセスの見直しなど本質的な業務改善が進むでしょう。
一方、ネガティブな影響も懸念されます。最も深刻なのは世代間の価値観・理解断絶の深刻化です。『長く働くこと=頑張り』と考える上司世代と、『定時内に成果を出す=効率の良い頑張り』と考えるZ世代の摩擦が激化する可能性があります。また若手が定時で帰る分、管理職への業務集中が進み、『残業の感染』という組織心理学が指摘する現象が逆説的に強まるリスクもあります。残業キャンセル界隈は、日本の労働市場が時間主義から価値主義へと転換する過程で生じた、必然的な摩擦といえるでしょう」
起こり得る社員自身と企業のデメリットへの対応策
企業の「人事」の観点からすれば、残業キャンセルが蔓延することは離職率が高まる気配があり、リスクでしかない。企業の人事制度に関するコンサルティングを行う日本人事経営研究室株式会社 代表取締役の山元浩二氏に、デメリットと対応策を聞いた。
【取材協力】
山元 浩二氏
日本人事経営研究室株式会社 代表取締役
組織成長・進化の仕組みづくりコンサルタント。成果主義、結果主義的な人事制度に異論を唱え、10年間を費やし、1000社以上の人事制度を研究。会社のビジョンを実現する人材育成を可能にした「ビジョン実現型人事評価制度®」を日本で初めて開発、独自の運用理論を確立。
●社員側のデメリット
「まわりの信頼を失い、重要業務や品質を求められる業務は徐々に任されなくなるでしょう。上司や先輩は、指導やアドバイスを行う気持ちが薄れるでしょうから、スキル習得や仕事レベルを上げる機会も得られなくなります。その結果、自身の成長機会を失い、キャリアパスが閉ざされ、昇進や昇給の見込みが薄くなります。転職でも、成果や実績をアピールできず人材スペックも低いとみなされ苦労するでしょう」
●企業側のデメリット
「そのままでは業務遅延や品質が低下するため、他の社員に負担が集中します。真面目に働く社員の不満が高まるでしょう。さらに限られた時間内で育成する必要があり、一人前までの期間が長期化する恐れがあります。組織の人材力の低下や生産性が低下するため、組織全体の業績や競争力の低下が見込めます」
●企業の対応策
「残業キャンセル界隈」を受け、企業の人事制度はどのように検討していくべきか。
「弊社の独自調査から、約7割のZ世代社員が入社前とのギャップを体感していることが明らかになりました。Z世代は『思い描いていた業務内容と違う』『成長機会がない』『業務の指示が不明確』『上司のフィードバックがない』といった点にギャップを感じており、企業側の仕組みや体制が整っていないことに要因があることが見えてきます。『人事評価制度』が確立し、適切に運用されていれば、あらかじめ業務の範囲や求められるレベルが『評価基準』によって示され、上司からのフィードバックも定期的に行われながら成長目標も設定されます。残業をキャンセルするZ世代の中にも、自身の成長や将来のキャリアに関心をもった若手は存在すると考えられるため、働きがいを実感できる人事評価制度を構築すれば、成長意欲をもって自主的にチャレンジする人材となるはずです」
残業キャンセル界隈というワードはスラングでありながら、根深い問題が表面化したものであるらしい。その現場への影響は大きいものとなる。特に企業側は社会全体の問題と受け止める必要があるようだ。
取材・文/石原亜香利







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