社内で苦情まで出た肉ピタソース開発秘話
開発が始まると彼らは自分たちでより高いハードルを設定した。菊子が話す。
「鶏もも肉でなく、むね肉をおいしく食べられるものにしようと考えました。安いし栄養豊富だから子供に食べさせたいですよね?」
大変なのはここからだった。焼いてもパサパサにならないよう改良剤をどれくらい加えるのか? 火加減は? 何分焼く? 味付けは? さっそく作業にとりかかった尾形らは毎週、30枚も40枚も鶏肉を焼き、「これだ」という試作品を持ってくる。菊子が話す。
「ここで私が気を付けたのは、ユーザー目線を忘れないことでした。例えば4分強火、4分弱火で焼く案もあったんですが、簡便さは外せませんよね」
焼くのが少し面倒だけどおいしい、というものはすべて「面倒な手順なしでその味を実現できないか」となり、尾形は再び頭を悩ませた。彼は既存の改良剤では簡便さとおいしさの両立を実現できないと考え、改良剤開発部門に相談し、肉質改善のために適切な改良剤の選択や組み合わせのアドバイスをもらった。また焼いて、また食べる……。彼の頑張りは時に他部署から思わぬ苦情が寄せられるほどだった。
「冷蔵庫に鶏肉が詰まっていて何も入れられない、と言われました。研究所には大きな業務用の冷凍庫はあるんですが、家庭用の冷蔵庫は少ないんです。でもこの研究は、家庭用の冷蔵庫で凍らせる必要があるんですよね」
3か月続け、ようやく形になった。井上は「この時点で十分おいしいと思いました。鶏むね肉なのに、もも肉のようなジューシーさなんです」と振り返るが、尾形は「研究をもう少し続けたい」と言い、菊子は「入念なホームユーステストを行いたい」と言う。菊子は何をテストしたかったのか?
「今までにない商品なので、きっとうまく焼けない方もいらっしゃいますよね。例えば『弱火』といっても人や家庭によって異なります。その後、63人に試してもらい、写真も送っていただいて『これが一般的な弱火』と把握しました。また、うまく焼けなかった方の話は特に詳しく伺いました。例えば、鶏肉をおにぎりのような形にして冷凍し、失敗した方がいらっしゃいました。今、商品のパッケージに『平たく伸ばし横に寝かせて冷凍』と書いてあるのは、この時のテストが活きています」
彼は、うまく焼けない人がいなくなるまで詳細な調査を重ねていった。そんな中、研究陣から「試食してほしい」と連絡があった。尾形が話す。
「もう少し肉汁を閉じ込め、食感をよくする方法があると思って試していたんです」
菊子と井上は「完成品だと思っていたものは90点くらいだった」と絶賛し、尾形は「どうですか」という顔をしている。
思い入れがあればうまくいくほど商品開発は簡単ではないはずだ。だが、思い入れがなければうまくいかないのも事実なのだろう。彼らはこのリケン特製、お肉にピタッと密着し水分を逃さないソースを「肉ピタソース」と名付けた。
鶏もびっくり『肉ピタソース』の実力


鶏肉に揉み込むことで、しっかり水分を保持。そのまま焼くよりいったん冷凍したほうがベター。「むしろお肉が柔らかくなっておいしく焼けますよ」(菊子さん)

解凍してから焼いても食べられるが、解凍時にドリップが出てしまう。つまり冷凍状態のまま焼く方がお肉が柔らかくなるソースというわけだ。
『うちのお守り』がみんなのお守りになった日
その後また仲間が増えた。営業の瀧田薫平だ。
「私も試食し、焼き肉のたれに漬けた肉とは全然違う! と思ったんですが『消費者に伝えるには時間はかかるな』とも思いました」
最初、彼らは「ソースを小袋に入れて売ろうか」と考えていた。しかし、ソースを肉に揉み込んだらパッケージは捨てられ、焼く時に「火加減は?」「何分焼くの?」となりかねない。彼らはソースをジッパー付きのパッケージに入れることにし、包装資材を担当する女性社員と試作を繰り返した。初めての商品だけに、こういった細かい改善の連続だった。そんな中、菊子が「テスト販売をしたい」と要望、瀧田が実現した。試食販売の際は菊子自身がエプロンをかけ、焼き、お客さんと話しながら改善点をつかんでいった。
「当初パッケージには『パッとジュッと』と大きく書いてあったんですが、お客様は『買うとどんないいことがあるのか』に興味があるんです。そこで現在のパッケージに変え、ロゴも作りました。家族に買い物を頼む時『あれ買って』では伝わらないから、ブランド名を印象的なロゴにしたんです」
そんな中、瀧田が特に「ありがたい」と感じることがあった。
「小売店の方たちが売り方を一緒に考えてくださるんです。例えば、『肉と一緒に買えばポイントが付くとかどう?』とアイデアをくださったり」
今の子育て世代は忙しく、物価も高騰中。そんな社会的背景もあって、商品は小売店の支持を呼んだのだ。菊子によれば、包装資材を担当した女性社員も、のちに『夫が「これなら作れる」と料理してくれた』『うちのお守り』と喜んだという。彼女も社会の現状に思うところがあったのかもしれない。そして商品が夫婦円満に一役買ったのかもしれなかった。
こうして、商品は様々な追い風を受け、2025年3月に世に出ると絶大な反響があった。共働き世帯が多い都市部ではもちろん、「スーパーが遠いから買い溜めている」と地方でも売れ、筋トレ界隈でも「鶏むね肉がおいしく食べられる」と話題に。売り上げは5月までで15万袋以上、日本アクセスが開催する「新商品グランプリ 2025年春夏」ではなんとグランプリを受賞した。
最後、菊子に聞いた。電子レンジでの調理は考えなかったのか?
「最初からなかったですね。私は『作った感』って大切だと思うんです。料理する側はフライパンに置くだけ。でも食べる側は、ジューっと焼いたものが出てくる。これって嬉しいですよね?」
そう、菊子は作り置きを食べるのが嫌いな子だった。作り置きは味がおいしくても、栄養豊富であっても、ジューッと音がする食事に比べ、大切な何かが足りないのかもしれない。
三つ子の魂百まで。なお、菊子が子供の頃、「大切な何か」を頑張って埋めてくれた彼の母は、商品を見て「30年前にあればよかったのに」と苦笑したという。
テスト販売でパッケージや売り方を検証

写真はテスト販売時点のパッケージ。商品名を大きく打ち出したが、これだとメリットがわかりづらいため現在のパッケージになった。同時に、瀧田らは小売店の意見を聞いて鶏肉のコーナーで商品を目立たせるなど、試行錯誤を繰り返した。

同じ共働き世代の立場だからこそ生まれた商品
理研ビタミン『パッとジュッと』ヒットをひもとく挑戦者たちの足跡
面倒な「下味冷凍」に目を付け、独自技術を生かした。成功のポイントは3つ。
POINT 1|商品価値に共感したメンバーでのチーム編成
POINT 2|売り場や消費者の本音を聞くテストセールス
POINT 3|レンジ調理に任せない「手作り感」の担保
取材・文/夏目幸明 撮影/干川 修 編集/髙栁 惠
※本記事内に記載されている商品の価格は2025年6月30日時点のもので変更になる場合があります。ご了承ください。