
「マイクロリタイア」という考え方が、注目を集めはじめている。
マイクロリタイアとは、完全に就労から引退するのではなく、キャリアの途中で意図的に一定期間(数か月〜1年程度)のブランクを設け、その時間で自己実現や新たな挑戦を経験し、再び労働市場に戻るという選択肢だ。
この概念について、新卒や既卒、第二新卒など20代の若者に特化した就職サポート事業に取り組む、株式会社UZUZ代表取締役社長の岡本 啓毅さんにお話を聞いた。自身も新卒時に「1年で退職する前提」で就職活動を行った経験を持つ岡本さんは、若者のキャリア観の変化と、企業側の受け入れ姿勢の変化について語った。
マイクロリタイアの背景にある企業側の変化
マイクロリタイアという選択肢が広がってきた背景には、若者の考え方の変化も当然あるが、それと同時に企業側の都合も関わっていると岡本さんは考える。
「私が就活をしていた15年前でも、『マイクロリタイア』という言葉ではなかったものの、20代で留学やワーキングホリデーに行くといった選択をする方は一定数いました。しかしそれは、リーマンショックの影響により、そもそも就職することが簡単ではなかったことが大きく関係しています」
一方ここ数年では、売り手市場になったことにより、働き手側の意思で選択できるようになってきているとのこと。
岡本さんによれば、この10年で企業のマインドセットが大きく変わり、新卒だけでなく「第二新卒」や「ブランクのある若者」も積極的に採用する流れが強まっているという。
また、マイクロリタイアの受け入れやすさには、企業規模による違いもある。
「どちらかというと大手企業の方が受け入れやすい傾向があります。大手だとサバティカル休暇などの制度がすでに用意されており、さらに推奨している会社もあります。採用の武器として『マイクロリタイア』や『留学支援』を打ち出している会社は、就職先として選ばれやすくなるでしょう」
特にIT業界や外資系企業では、柔軟な働き方に対する理解が進んでいる。やはりグローバル人材の育成を重視する企業では、異なる経験を積むことがむしろ奨励される傾向にあるそうだ。
マイクロリタイアのメリットとデメリット
マイクロリタイアを選択する側のメリットとして、岡本さんは「自分の人生を自分で選択できること」を挙げる。
「マイクロリタイアは誰かに言われてやるものではなく、自分が実現したいことや経験したいことがあって、意識的に休暇を取る選択をするものです。そういった時間を取ることで、自分の人生の選択肢が広がりますし、貴重な経験にもなります」
これは単に休暇を取るということではなく、自分のキャリアを主体的に設計する力を養うことにもつながる。計画的にブランク期間を設け、その間に具体的な目標を達成することで、復帰後のキャリアにも好影響を与える可能性が高い。
■ブランクがマイナスになることはないのか
しかしながら、当然デメリットもある。「受け入れてくれる企業が増えているとはいえ、『3ヶ月以上ブランクがあるとNG』という企業もあるので、選択肢が減ることは事実です」と岡本さんは説明する。ただし、そういった制限を設けている会社は、UZUZのクライアント企業のうち、全体の1〜2割程度だという。
「その期間に、次のキャリアにつながる経験や役立つスキルを積んでいれば、ブランクがただマイナスになることはありません。例えば留学や資格取得などの場合は、ブランクなしの方と比べても就職率に差はありません」と岡本さんは説明する。
同社で支援している若者の中にも「留学していた」「資格取得のために時間が必要だった」という理由でいったん仕事を離れ、その経験を活かした就職活動に成功した事例は少なくないという。
つまりマイクロリタイア成功の鍵は、ただ休むことではなく、明確な目的を持って実行することなのだろう。
■気をつけたい年齢の壁
ただし年齢は一つの壁になるという。「20代であればブランクがあっても許されやすいですが、30代になると即戦力として働けるかどうかが重視される傾向があります。マイクロリタイアを考えるのであれば、20代のうちに実行することをおすすめします」
■なぜ企業はマイクロリタイアを受け入れるのか
企業側がマイクロリタイアを受け入れるメリットは「優秀な人材の確保と定着」だ。
「これからさらに採用難が加速し、若手を取りたくても取れない会社が増えていくはずです。それに対して柔軟に自己実現ができる環境を提供できれば、優秀な人材が興味を持ってくれるでしょう」
企業側のデメリットとしては、休職期間中の人員減少が挙げられるが、「短期的にはデメリットに見えても、中長期的に見れば優秀な人材が定着してくれることのほうが大きいメリット」だと岡本さんは強調する。
「FIRE」とは何が違う?
数年前に大きな話題となった「FIRE(経済的自立と早期リタイア)」とマイクロリタイアについて、岡本さんは明確に区別する。
「最大の違いは、仕事を続ける意思があるかないかです。マイクロリタイアは短期間で別の経験を積んで、その後仕事に戻る選択。FIREは一定のお金を稼いで、投資はするけれども仕事はしない選択です」と岡本さんは説明する。
FIREが「経済的自立」を前提としており、相当な貯蓄や投資収入が必要なのに対し、マイクロリタイアは「キャリアの一時休止」であり、その後の就労を前提としている点が大きく異なる。
「マイクロリタイアの方が、多くの人が実現しやすい選択です。FIREをするには、時間をかけてお金を貯める必要があります。また、FIREは40代や50代まで頑張った末に実現することが大半なので、いざという時の再就職は難しい現実があります。一方、20代のうちにマイクロリタイアを挟む方が現実的で、その後のキャリアにもプラスに作用する可能性は、間違いなく高いですね」と岡本さんは強調する。
マイクロリタイアを実現するためのステップ
マイクロリタイアを希望する場合、面接でどのように伝えるべきだろうか。
「何を目的にするかによって変わります。単に内定をもらうことを重視するなら、伝えないほうがいいでしょう。一方で、自分と本当にマッチする会社を選びたいなら、『一定期間働いた後、こういう経験を積みたいので一時的に休業する可能性がある』と伝えて、それでも良いと言ってくれる会社を選ぶほうが、長期的に働きがいのある環境になります」
岡本さん自身も新卒時に「1年で辞める前提」で就職活動をした経験があるという。「なにもわかっていなかったからできたことでしたね(笑)」と苦笑する岡本さん。そのようなスタンスで受け入れてくれた会社は、結果的に自分の価値観とマッチしていたため、入社後も全力で働くことができた、とも話してくれた。
もちろん、就職をした後にマイクロリタイアを考えるようになった人もいるだろう。その場合は、下手に策を考えるのではなく、素直に上司に相談する必要があるとのことだ。
「例えば社会人3年目くらいの段階で、少しお金と気持ちに余裕ができた。『よし、語学を学んでみよう』と思ったとしましょう。その場合に企業側の理解を得るためには、マイクロリタイアをする具体的な目的と期間を、明確に伝えることが重要ですね」
それでは、会社や上司側はどうするべきなのだろうか。上司としては部下からマイクロリタイアの相談を受けた場合、寄り添う姿勢が重要だと岡本さんは助言する。
「目的と意思を持って相談してくれた部下に対して『そんなことはできない』と頭ごなしに言うと、その社員は不満に思いながらも諦めるか、実行するために会社を辞めるかの二択になります。どうしたら実現できるかを一緒に考えることで、『会社が自分を応援してくれている』と感じ、会社に戻ってきた後により頑張ろうという気持ちになってくれるはずです」
実際、岡本さんの会社では「世界一周したいので、1年間休職してもいいですか?」と相談した社員を、休職扱いで世界一周旅行に送り出したという。
「優秀な社員が新しい経験をできる。その上で戻ってきてくれるなら、会社にとってのメリットの方が大きいと判断しました」と岡本さんは当時の判断を振り返る。この社員は旅行後も同社で活躍しており、会社への信頼感も深まったという。
手放したくない社員であれば、そのような柔軟な対応をすることで、長期的な定着につながるというわけだ。
働き方の多様性が、今後も拡大する可能性
マイクロリタイアのような多様な働き方は、今後ますます広がっていくと岡本さんは予測する。
「これから加速度的に採用難度は上がっていきます。企業は給与を上げるなどの対応を取りますが、それには限界があります。その中でできる工夫として、多様性を受け入れ、採用の幅を広げる企業はどんどん増えていくでしょう」
少子高齢化による労働力不足は、今後さらに深刻化することが予想される。そのような状況下では、企業は人材確保のために柔軟な制度を導入せざるを得なくなる。
働く側も変化していくという。「今までは『社会的に無理だから』と諦めていた選択を考える人が増えるでしょう。有給休暇の取得が促進され、趣味や好きなことのために休みを取る経験をする人が増えると、『もっと長く時間を取りたい』と思う人も自然と増えていくはずです」
マイクロリタイアは、従来の「一直線のキャリアパス」という価値観から「多様なキャリアの選択肢」へと移行する象徴的な働き方だ。企業と働き手の双方にとって、持続可能な関係を構築するための新たな選択肢として、今後さらに注目を集めることになりそうだ。
<教えてくれた人>
株式会社UZUZ代表取締役社長 岡本 啓毅
1986年生まれ。株式会社UZUZ代表取締役社長。北海道出身。米国アラバマ州立大学ハンツビル校にて宇宙物理学を専攻したのち、ベンチャー企業に入社。IT業界の営業として1年勤務後、起業のため退職。若者がウズウズ働ける世の中を作るべく、2012年UZUZを設立する。就職の悩みを解決できるYouTube「ひろさんチャンネル」を立ち上げ、現在登録数は約8万人。2021年にはエンジニアがウズウズ働ける世の中を作るため株式会社ESES(イーエス)を設立し、取締役に就任。https://uzuz.jp/
取材・文/宮﨑駿