企業が取り組む“ウェルビーイング”経営の中には、社員や従業員の健康や幸せ、個人の価値を最大限いかす取り組みなど、さまざまな施策が行われている。またさらに視野を広げて、「自社商品やサービス開発に携わる相手」のウェルビーイングを考える企業もある。
森永製菓株式会社の見学施設「森永エンゼルミュージアム MORIUM(モリウム)」
「ダース」や「小枝」などのお菓子を販売する食品メーカーの森永製菓株式会社は2008年から、会社全体のサステナビリティ活動として『1チョコ for 1スマイル』というプロジェクトを行っている。チョコレートの原料であるカカオ生産国を、支援パートナーであるNGOを通して支援するもので、年間を通しての寄付や、森永チョコレート等の商品を購入することで消費者も寄付に貢献できる特別期間を設けている。これまでにガーナ、インドネシア、フィリピン、グアテマラ、エクアドル、カメルーンの6か国を支援してきた。
実はチョコレートを食べたことがなかったカカオ生産国の子どもたち
『1チョコ for 1スマイル』活動/写真提供:森永製菓株式会社
(森永製菓の『1チョコ for 1スマイル』活動詳細はこちら:前編記事)
森永製菓が〝会社ごと〟として取り組む活動「1チョコ for 1スマイル」とは?
昨今、“ウェルビーイング経営”に取り組む企業が増えている。自社で働く従業員や消費者だけにとどまらず、「自社商品やサービスを生み出すために関わる相手」のウェルビー...
今回、森永製菓・コーポレートコミュニケーション部の渡辺啓太さん、植竹麻衣子さん、同社研究所のシニアエキスパートでチョコレートソムリエの資格を持つ小野隆さんに話を伺った。記事中編ではカカオ生産国の現状や、実際に渡辺さん、植竹さん、小野さんがガーナを訪問して感じたことをお聞きした。
森永製菓の渡辺啓太さん、小野隆さん、植竹麻衣子さん(左から)
DIME WELLBEING(以下、D): 『1チョコ for 1スマイル』では過去に、15周年記念の『ベイクドチョコ』を使い、日本とカカオ生産国の子どもがメッセージを交換する取り組みをされました。またカカオ生産国の子どもたちに『ベイクドチョコ』も送っています。そもそも、カカオ生産国の子どもたちはチョコレートを食べたことがあるのでしょうか。
渡辺啓太さん(以下、渡辺):実は、ほとんどないです。実際に我々が訪問した学校でも質問したのですが、ガーナでいうと、支援地域の子どもたちはほぼ100%がカカオ農家の子どもたち。しかしほとんどチョコレートを食べる機会がありません。作っているのに、食べたことがないんです。チョコレートの香りまで知っているけど、食べたことがない。カカオの実は触っていても、味が甘いことも知りません。
D:カカオを作っている側が、完成品のチョコレートを食べたことがないのは複雑な気持ちになりますね。
小野隆さん(以下、小野):これも歴史や文化からくるもので、その土地によって違います。ガーナは植民地としてカカオを「作らされてきた」側です。一方、中南米の人は自分たちの文化、食事としてカカオを作ってきていたので、普段からチョコレートも食べています。
渡辺:今回私たちが訪れたのはガーナだったので、食べたことがない人が多かったです。もちろん、ガーナの都市部のスーパーでは普通にチョコレートも売っています。ただ、ガーナの平均年収は日本と比べると低いので、チョコレートは高級品。日本円で120円くらいのチョコレートでも、年収が違うので相対的に高いのです。
小野:ガーナはクーラーがある環境も少ないので、チョコレートの保存ができない家庭があるといった課題もあります。
渡辺:森永製菓は、『1チョコ for 1スマイル』でガーナだけでなくいろいろな国を支援しているので、もっと知見を増やしていく必要があると思っています。
D:植竹さんは、マーケティング部時代に特別期間の『ベイクドチョコ』の制作を担当されました。『ベイクドチョコ』を通してメッセージとチョコレートをカカオ生産国の子どもたちに届けた時には、どんな反応がありましたか。
まずは現地の子どもたちと「チョコレート」そのものを共有すべきだったと語る植竹さん
植竹麻衣子さん(以下、植竹):現地の子どもたちが「スペシャルチョコレートだ!」と喜んでくれたという報告をいただきました。「カカオ生産国の子どもにチョコレートを食べてもらう」ということが、笑顔をつなぐ“始めの一歩”として出来たことを実感しました。
『1チョコ for 1スマイル』は、現地でチョコレートを配る活動ではなく、本質的には「子どもたちの将来のために教育支援する活動」です。しかし、そもそもカカオ生産国の子どもたちとほぼ会っていませんでしたし、チョコレートを作るメーカー(森永製菓)とカカオ生産国の子どもたちの間で「チョコレートがどういうものか」を共有できていなかったなと。
「それは違うな」と思い、まずはメッセージを交わし合い、チョコレートをお互いが食べることが、相互理解のきっかけにつながると思いました。
カカオの木の高齢化や病気に対応できないガーナ政府と「儲かる仕事」へ進むカカオ農家たち
D:渡辺さん、植竹さん、小野さんは23年に実際にガーナを訪問しています。その時のことや現状を教えてください。
渡辺:滞在は7日間でした。行くだけで約20時間かかりますので、(移動を含めると)9日間の旅です。過去支援していた支援地域と現在の支援地域に行き、子どもたち、その親やカカオ農家、学校の先生、「子ども保護委員会」のボランティアの人たちにお会いしました。また、ガーナ政府が主導し、カカオ産業を統括する機関・COCOBOD(ココ・ボード)や、政府関係者のもとにも赴きました。
D:実際に行かれてみて、いかがでしたか。
小野:私はこれまで、中南米やアジアのカカオ農園には行った事があり、文化や食事には触れていました。ただ、ガーナはどんなものなのか私自身もよく分かっていなかったので、行ってみて気づいたことがありました。
先ほども申しましたが、ガーナは植民地としてカカオを「作らされている」という歴史がありました。「自分から作ろう」というよりは、「生活のために必要だからやっている」ということ。そこが中南米の考え方と違います。
また、今年の4月頃からカカオの値段が急に高騰し、去年の4倍くらいになっています。その理由が、生産量です。ガーナのカカオの生産量が減っていて、今まで80~100トン作っていたのが、45トンまで落ちています。
D:なぜ生産量が減っているのですか。
小野:たくさん要因がありますが、カカオの木が高齢化しています。また、ウイルスが流行っていて病気になったカカオが相当多く、半分茶色くなってしまったり、幹が膨れてしまったり。でも国自体がデフォルト状態なので、国から農薬や苗を配布できないのです。ある程度の農薬や、病気に強い品種の苗を配布しなければいけませんが、国としてそこまで支援できていない。世界中で見ると、病気で全滅したカカオもありますが、そのたびに病気に強い苗を開発して対応しています。しかしガーナはそこまでできていない状況です。
D:国も支援できる余裕がないのですね。
小野:それから生産量が減少しているもうひとつの理由として、子どもたちが「儲かる仕事」に進むというのもあります。カカオを育てるのは大変で、カカオ豆まで仕上げるにはとても時間がかかり、リスクもあるのです。他のフルーツや作物を作っている方が楽なので、親御さんも子どもにカカオ栽培をやらせたくないと思うし、子どもも「受け継ぎたくない」と思う。そういった現状があります。ガーナは金の採掘も主要な産業ですので、カカオ畑をやめて金の採掘場にしているところもあります。僕たちが訪問している間も、ドカンと(採取のための)爆発音が聞こえていました。