1957年に本格的に米国に進出して以来、北米やヨーロッパ、アジアなど、多くの国々でグローバル調味料として醤油を根付かせることに成功しているキッコーマン。海外事業の売り上げが7割以上を占めるという快進撃を続ける中、市場開拓を進めているのが世界最大の人口を有するインドだ。
インドというと、カレーなどスパイスをふんだんに使った料理が思い浮かぶ。そこに日本料理の要となる調味料・醤油を根付かせることはできるのだろうか?
人口世界一、14億人超のインドで市場開拓
「経済成長を続け、人口も増加するインドは、かねてから開拓の機会をうかがっていた国でもあります。日本の献立のように、いくつものおかずが食卓に並ぶインドの食文化は世界的にみても豊かで、主婦のリテラシーも非常に高い。インドにとって新しい調味料ではあるが、醤油を受け入れる土壌は確実にあるとふんでいます」と話すキッコーマン 海外事業部 インド担当・五十嵐欽哉さん。
日本ではあまり知られていないが、インド特有のある食文化に着目したという。
「インドでは高級レストランでも庶民向けの店でも、あらゆる外食シーンで“インド中華”という料理がポピュラーで、インド全土でとても人気があります。その中華料理に欠かせない調味料こそが醤油。外食産業はもちろん家庭へも醤油の需要が浸透すると期待しています」
インドでローカルに発展した“インド中華”
“インド中華”とはインドで生まれ、独自にローカライズさせた中華料理のこと。代表的なのは中国系移民が生み出したマンチュリアン(満州)と、中国・四川省出身のシェフが発案したというシェズワン(四川)だ。満州などの地名がつけられているが満州料理というわけではなく“中国風”ぐらいのニュアンス。
マンチュリアンはとろみのあるあんかけ風や、ダークソイソースで調味。シェズワンはチリソースに各種香辛料を合わせた辛くてスパイシーな料理。いずれもバスマティライスで作るチャーハンや焼きそば、海老チリや野菜炒め、スープなど、さまざまな料理に展開されている。どれも確かに中華料理なのだが、それだけではないインドの気配が匂い立つ不思議なおいしさだ。「中華料理もスパイスを多用する文化なので、相性がよかったんだと思います」(五十嵐氏)
インド中華に多用される“ダークソイソース”は着色料や、旨味調味料、砂糖、酢などを添加した、日本の醤油とは似て非なるもの。インド中華は色が濃いほど“おいしそう”と感じる人が多く、黒い色を付けるために使われるのが主な目的だ。
「おそらく、インド中華が生まれた頃は中国と同じ原材料を手に入れることができなかった。そこからインド独自の調味料としてダークソイソースが作られるようになったのでは」と五十嵐さん。ダークソイソースのローカルブランドは、インド国内に数えきれないほど存在するという。
インド人シェフの舌を魅了するキッコーマン醤油
キッコーマン ソイソース(本醸造しょうゆ)とオイスターフレーバードソース
“中華=ダークソイソース”のイメージが定着するインドで、日本の醤油をどう展開するのか。キッコーマンではローカルにはないコンセプトで、日本の醤油(本醸造醤油)を販売するのはもちろん、インド独自の商品開発も進めている。
販売子会社であるキッコーマン・インディア社を設立したのは2020年、翌年にインド市場参入を正式に発表。手はじめは外食産業向けに日本から本醸造醤油を輸入し、21年より本格的に営業をスタートした。
インド中華を作る飲食店のシェフを集め、ローカルのダークソイソースとキッコーマンの本醸造醤油で同じ料理を作ってもらい、味を比較。ほとんどのシェフから「本醸造醤油で作った方が、料理に旨味やフレーバーが生まれる」というポジティブな反応を得る。
「中華料理のレストランチェーンで、キッコーマンの醤油に切り替えた料理を1ヵ月試験的に出したところ、お客様の80%以上がおいしくなったという評価だったそうで。チェーン全店舗でキッコーマンの醤油に切り替えたというケースもあります」(五十嵐さん)
インド人は食に対する意識は高く、食べることについやす時間や労力も長い。醸造から生まれる風味や旨味を敏感に感じ取った結果と言えよう。
インド向けの商品を開発し、外食産業から家庭への浸透も
2022年には「オイスター フレーバード ソース」を、24年に「ダークソイソース」をリリース。どちらもインド向けの商品で、日本から輸入した本醸造醤油をベースに「オイスター フレーバード ソース」はタイで、「ダークソイソース」はインドの委託先工場で製造している。「ベジタリアンの人口が多い国なので、動物性食材を使用しないオイスターソース風の調味料を開発しました。ダークソイソースは“添加物不使用”を売りに、着色料や防腐剤、旨味調味料を添加しない製法でローカルブランドと差別化。コロナ禍以降、インドでも食の健康を意識している人が増えています」(五十嵐さん)
ダークソイソースを発売するのは、キッコーマンにとって初のこころみ。4年かけて日本で開発したという自信作だ。
「本格的に海外進出した60年以上前、アメリカでは“ステーキに醤油が合う”ということを主婦たちに訴求してきました。インドでは“インド中華”を軸に展開。和食としての醤油づかいではなく、現地の食文化に合わせた商品展開が国際市場での成功の秘訣です」(五十嵐さん)
インドでの需要拡大は、レストランへの普及活動からスタート。
「セミナーや料理コンテストを行うなどフードサービス業界にアプローチし、シェフや料理研究家などのインフルエンサーにファンになってもらい、味のよさや使い方、食の安全性の魅力をさまざまなレストランに広めてもらっています。さらに認知度が高まったタイミングで家庭向けの商品を投入し、将来的には一般的な調味料として家庭に浸透させていきたい」(五十嵐さん)
食の多様化が進むインドで受け入れられ始めた日本の醤油。キッコーマンの醤油が家庭のキッチンに常備される日も、そう遠くはないだろう。
取材・文/嶺月香里
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