人的資本開示に関する調査
■人事施策と指標の整理や進捗の可視化は進むも、価値創造ストーリーの充実度には課題
人的資本を起点にした企業の価値創造ストーリー構築の取り組みが、どの程度実施されているか明らかにするため、価値創造ストーリーの具体化に必要な「経営戦略と人材戦略の連動」「人事施策と指標・目標との連動」について、計4つのポイント【A~D】から、開示内容を分析した。
<経営戦略と人材戦略の連動>(図2-1)
A. 人的資本投資を通じて創出する成果(アウトカム)を定義しているか
・アウトカムを定義(実施)している企業は11%、一部実施している企業は27%だった
・「企業の発展には人的資本が重要である。そのため人的資本の最大化を目指す」といった記載にとどまり、人的資本経営を意識していることは感じ取れるものの、自社のビジネスモデルや課題に応じたアウトカムが不明瞭な企業がまだ多い
B. 経営を見据えたありたい姿に対する課題が明確化されているか
・ありたい姿及び現状の課題の双方の記述を実施している企業は6%、いずれかの開示にとどまっている(一部実施している)企業は47%で、昨年から大きな変化はみられなかった
・ありたい姿が定義されている場合でも、施策レベルなのか、戦略レベルなのか、ありたい姿の基準は企業によって様々だった。経営計画でなく、自社理念や経営ポリシーに基づいてありたい姿を定めている企業もみられた
図2-1経営戦略と人材戦略の連動を伝えるために必要なポイントを実施している企業の割合
<人事施策と指標・目標との連動>(図2-2)
C. 各施策と指標の関係性が整理されているか
・施策と指標の関係性を整理する企業(一部実施含む)は、昨年の16%から45%へ増加した。人的資本に関する指標を、ただ「指標・目標」欄で開示するのではなく、施策とのつながりを意識し、取り組みと結果を体系的に結ぶ等、工夫が図られた企業があった
・一方、唐突に指標だけが「指標・目標」欄で開示されていたり、あらゆる指標を開示して施策との関係が不明瞭になっていたりする企業も引き続き一定数みられた(55%)
D. 指標を活用し、各施策の進捗状況の検証・説明がされているか
・目標や、経年推移等による重点施策の進捗を検証・説明している企業(一部実施含む)は昨年の48%から77%へ増加した。指標開示が強化される中で、データの蓄積・整備が進んでいる
図2-2人事施策と指標・目標の連動を伝えるために必要なポイントを実施している企業の割合
■開示指標では価値向上観点の指標が多く、リスクマネジメント観点の指標は少ない傾向に
各社が開示した人的資本に係る指標を、「人的資本可視化指針(内閣府)」の分類を参考に集計し、傾向を分析した(図2-3/2-4)。
開示された指標は、「ダイバーシティ」(90%)、次いで「エンゲージメント」(56%)に関するものが多かった。ダイバーシティの詳細をみると、有価証券報告書の「従業員の状況」欄にて開示が義務付けられた「女性管理職」(77%)が圧倒的に多かった。「国籍」、「キャリア採用」などの指標開示は「ジェンダー」よりも少なかった
人材育成に関する方針に関する指標としては、「育成」(34%)、「スキル・経験」(31%)の他、「サクセッション」(23%)もみられた。自律的に学習できる機会・仕組みの提供や研修を通じてスキルを向上させ、キャリアシフトを図ったり、重点的な事業領域に配置させたりする例がみられた
リスクマネジメントに関連する「健康・安全」「労働慣行」「コンプライアンス/倫理」については、現在の人事管理業務で測定していると推測される指標(休暇取得率や健康診断受診率)の開示が多かった。一方、国際的に重視されるテーマである「児童/強制労働」や「賃金の公正性」に関する指標を開示するケースは比較的少なかった
図2-3開示指標の傾向(大・中分類)
図2-4開示指標の傾向(小分類)
調査結果へのコメント
<デロイト トーマツ グループ パートナー 今野 靖秀 氏>
今回の調査結果から、TOPIX100構成銘柄という日本を代表する企業群において、サステナビリティ(ESG)に関する取り組みや株主価値そのものを経営陣の評価と紐づける割合が増加していることが判明した。
戦略や施策は立派でも、その結果や進捗が経営陣のインセンティブに跳ね返らないのであれば、結果にコミットするモチベーションが生まれない。この観点で、ESG指標と経営陣の評価へ反映する取り組みが経年で進展しつつある点は評価できる。
サステナビリティテーマが広がりをみせる中、全てのテーマに全力で経営陣が取り組むには限界がある。自社のマテリアリティを分析した上で、重要度に応じた役員報酬への連動を検討していくことが重要だ。
また、サステナビリティに関する取り組み目標が企業価値向上、株主価値向上であることを踏まえると、TSRやEPS(1株あたり利益)といった指標と報酬との連動は、より多くの企業で導入されるべきである。
人的資本開示に関しては、2023年3月期より有価証券報告書において「戦略」及び「指標・目標」の開示が義務化されたことから、2年目となる今回の開示では各社の人的資本経営に係る独自のストーリーに触れられることを期待していた。
しかし、人事施策と指標の体系的な整理や進捗の可視化は進んでいるものの、戦略の開示において価値創造ストーリーを十分に意識した記載をしている企業は限定的であった。
人的資本可視化指針では、経営戦略と人材戦略の統合的なストーリーを構築することを求めているが、法定開示となる有価証券報告書では最低限の取り組み方針の記載にとどめ(リソース的にとどめざるを得なかった場合も含む)、任意開示の統合報告書等との書き分けを行ったことが要因と考えられる。
有価証券報告書での開示も強化されてきているが、どの企業でも対応していることのみを開示しても、その企業独自の強みは見えにくい。企業価値創造に向け、自社でどのような戦略(価値創造パス)を描き、人事施策がどのような効果をもたらしているか、ストーリーを意識した開示の発展が引き続き期待される。
調査概要
調査期間/2024年6月~2024年7月
調査目的/持続的な企業価値向上に向けたTOPIX100構成銘柄企業の最新の取り組み状況を、有価証券報告書を用いて役員報酬及び人的資本の観点から調査し、現在の日本企業の立ち位置を把握するとともに、今後の取り組みに向けた洞察をまとめる
調査内容/
(1)役員報酬実態調査:「役員の報酬等」にて開示される役員の報酬制度、構成、業績評価指標等
(2)人的資本開示調査:「サステナビリティに関する考え方及び取組」にて開示される人的資本に関する戦略及び指標・目標の開示状況・内容
調査対象企業/2024年3月31日時点のTOPIX100構成銘柄(99社)
関連情報
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20240830.html
構成/清水眞希