人工乳房のフィッティングと彩色のサロンを自宅に開設
――自宅でのサロン開設に、家族の反対はありませんでしたか。
きつ:全然、ありません。もともと、私は自宅でイラストの仕事をしていたので、家族が出かける日中にお客様を迎えても、生活に大きな影響はありません。暮らし方や働き方を大きく変えずに、自然の流れで新しい仕事に就けたのはラッキーでした。
――お客様はどのような方がいらっしゃるのでしょう。
きつ:乳がんは、40代後半~50代の方を中心に、最近は60代でも増えているようです。そのため、私のお客様もそのぐらいの年齢の方が大勢いらっしゃいます。
――彩色にかかる時間は?
きつ:2~3時間ほどです。まず、お客様に上半身の衣服を脱いでいただき、ベースとなるシリコン製人工バストを装着してもらい、リクライニングチェアに座っていただきます。私は横に座って、パッドに彩色していきます。
――女性の彩色者で、プライベートなサロンとはいえ、やはり緊張しますね。
きつ:そうなんです! 知らない人の家に来て、片肌脱ぐって、恥ずかしいと思う方もいらっしゃると思いますし、彩色のために傷跡を見せなくてはならないのが苦痛という方もいらっしゃいます。
――そんなお客様のためにどんな工夫をされていますか。
きつ:できるだけリラックスしていただけるよう、お茶やケーキを楽しんでもらったり、サロンを快適な温度や湿度に保ったり、ゆったりした音楽を流したりしています。
――ウトウトしてしまいそう……。
きつ:そうですね。実は、彩色中はリクライニングチェアで眠っていただくのが理想的です。
――寝た方がいい?
きつ:副交感神経が活発になるので、血液の流れが落ち着きますから。最後に立ち上がってもらい、立っているときの血管の色合いなど加味して、微調整。これで彩色は終了です。その後、専用の乾燥機でパッドを乾燥させ、さらにコーティングを施します。
――手間暇がかかるものなのですね。
きつ:それなりに費用がかかるものですから、やはりお客様に満足してもらえるよう、気を付けています。
これまでの人生が集約された「天職」に出合えた
――この仕事を始めて5年。今の思いは?
きつ:まさに「天職」に出合えたという思いでいっぱいです。これまでのキャリアや経験が糧となって、この仕事につながっていますから。たとえば、彩色の技術はもちろん、さまざまな要望に応じてイラストを描いてきた経験が役に立っています。
――プロのイラストレーターですから、さまざまな絵が求められますね。
きつ:イラストの仕事では、打ち合わせで相手の求めるものを察知し、それを実際に絵にする力が必要だと思っています。相手の言葉や表情、イラストが掲載される媒体に応じて、最適な表現を目指します。
――画塾で美大受験生指導をする中で得たものは?
きつ:なんと言っても、コミュニケーション力です!
――美大を目指す多感な受験生と向き合うのは、さぞ大変でしょう。
きつ:確かに、多感ですね(笑)。急にガーっと美術に向き合い始める子もいれば、技術は十分にあるのに、プレッシャーに弱くて実力が発揮できない子もいます。それぞれの個性に応じた指導が必要です。どちらの仕事からも、表現する技術とともにコミュニケーション力の必要性を学びました。
――これまで頑張ってきた人生のあれこれが、今の仕事に結びついているのですね。
きつ:行きつくべき仕事に行きついたという感じです。
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「人工乳房」の彩色技術者という「天職」に出合い、活躍しているきつさん。後編「50~60代は老いの青春期編」では、お客様との交流を通じて得たものや、この仕事から学んだことなどを伺います。
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取材・文/ひだいますみ