アルミのレールをどう取り付けるか
ところが、さらなる問題に直面するのだ。苅谷は言う。
「LignoSatは長方形の箱に入れられた状態で、ロケットに積まれてISSに運ばれ、超小型衛星放出インターフェイスから宇宙空間に放出されますが、その際にレールは必要ないと思っていたのです。ところがJAXAのレギュレーションでは、衛星のボディにアルミのレールを取り付けることになっていると判明しまして」
さて、どうするか。
試行錯誤の結果、最終的に木箱を守るプロテクターとして、キューブ型の4角にアルミ製のフレームを配した。そのフレームがアルミのレールを支え、木材に荷重を与えず、レールの寸法にも影響がない、そんな構想に落ち着いた。100%木製で製作したかったが、やむを得ない選択だった。
衛星はアルミのレールを含め10cm角と決まっている。フレームを配することで容積が若干、変わったため設計変更を余儀なくさせられた。アルミのフレームが木箱にはまるよう木をさらに彫り込み、改良が加えられた。
人類初の木造衛星、接着剤はどうする?
さらに難問は続く。
キューブ型の木造人工衛星の5面には、電力源として10枚の太陽光パネルを貼らなければならない。いったい何で貼るか。接着剤を使わざるを得ない。接着剤はこれまでNASAに公認されたものしか使用できない。人類初の木造衛星だ。その接着剤が木にも適応するかどうかわからない。苅谷健司は言う。
「これまでのものが使えなかったら、新しい接着剤を探す以外にない。接着剤が見つかっても、NASAの安全審査を通るには、さらに時間がかかります」
既存のものを工夫して、木造衛星にソーラーパネルを貼る試みがなされた。粘着力を上げるため、下処理のプライマーしっかり塗り、気泡が入らないよう細心の注意を払い、接着剤を均一に塗った。貼り終わると重しを置いて養生させ、打上げの震動でソーラーパネルが剥がれるようなことがない状態に仕上げた。
木造人工衛星のポテンシャルは計り知れない
重量1.092kg。完成した「LignoSat」のフライトモデルは、6月4日にJAXAに納入された。予定では9月にフロリダ州ケネディ宇宙センターからスペースX社のロケットで打ち上げ、10月にはISSから宇宙に放出される。
高度400kmの軌道を周回、90分で地球を一周し、45分ごとに昼と夜を経験。昼は100℃、夜はマイナス100℃、宇宙空間の過酷な条件下で木材の伸び縮みや、衛星内部に詰まった電子基盤や内部構造の変化等を、京大構内に置かれた運営拠点で測定する。
木材は中性子を通しにくい特性がある。中性子は半導体に悪影響を及ぼし、エラーや誤作動等を起こす可能性がある。コンピュータルームを木造にすることで、サーバーをより安全に保つことができるかもしれない。そんな地球での新たな木材の可能性も、今回の運用でデータが得られるだろう。刈谷健司は言う。
「これは土井隆雄先生の言葉ですが、将来的には宇宙環境の保護のため、地上400kmぐらいの軌道を周回する人工衛星はすべて、金属を使ってはいけないとなるのではないかと」
そうなれば、日本人の発明である木造人工衛星のポテンシャルは計り知れない。
木材は電波を通しやすい。アンテナを衛星内部に格納し、システムの簡略化することができる。それも視野に入れた1号機より大型のキューブサットの開発は、すでにはじまっている。
取材・文/根岸康雄