裁判所のジャッジ
裁判所
「退職金ゼロでOK!」
――ん?X先生、ご反論でも?
X先生
「はい。退職金ゼロは厳しすぎます。理由を述べます。今回の私のわいせつ行為は計画性のない1回的行為に過ぎません」
――(回数の問題じゃないのよ……おたく、生徒にキスしてるんですよ)
X先生
「私は長期の超過勤務から異常な心理状態に陥り、エスカレートしたスキンシップ願望を抱いて本件わいせつ行為に及んだのであって、性的な欲求や興奮はありませんでした」
――(はぁ……)
X先生
「あと、」
―― まだ続くんですか……どうぞ。
X先生
「あと、女性生徒は私の行為によってもさほど精神的損害を受けていません」
――(オッサンから無理やりキスされて「気持ち悪かった」って言ってるんですが……)
X先生
「まだあります。被害届も提出されていません。さらに本件行為は報道されていないので、県民の学校教育に対する信頼を失わせな……」
裁判所
「おだまり!退職金ゼロでOK。厳しくありません。理由は以下のとおりです」
・本件非違行為は身勝手かつ悪質である。
・女子生徒が「いま冷静に考えて気持ち悪いと思います。奥さんも息子さんも娘さんもいるのに最低だと思います。謝罪はしてもらわなくてもいいです」と述べているように、X先生の行為が女子生徒の心身に与えた悪影響は無視できない。
・X先生は、教育委員会の指導に反して、女子生徒とSNSでプライベートなやりとりをしたり、お互いの体をマッサージしたりしたことをきっかけに、女子生徒に一方的に行為を抱くようになって、本件非違行為に至ったものであるから、X先生に超過勤務による精神的疲労があったとしても、本件非違行為に至る経緯についてX先生に有利に斟酌すべき点はない(※ X先生のR3.4~R4.7の超過勤務時間は1ヶ月あたり約94時間、R4.6の超過勤務時間は147時間15分)。
・本件非違行為当時、X先生は教務主任という重要な職責を担っていたことや、本件非違行為が野球部が大会に出場するためのホテルに宿泊した際に行われたものであることからすると、本件非違行為は、高校における公務の遂行に著しい影響を与えるとともに、学校教育に係る公務に対する県民の信頼を著しく損なうものである。
…etc.
マメ知識
現在の裁判では「退職金をゼロまたはカットできるのは本当にヒドイ場合だけ」となっています。難しい言葉で言うと「労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく正義に反する行為があった場合だけ」です。
なぜなら、退職金というのは【給料の後払い】という側面があるからです。会社は、将来の退職金というニンジンをぶら下げて、その結果、あなたの現在の給料が抑えられています。その【後払いの給料】をゼロまたはカットするんだから「それなりのヒドイ事情が必要だ」というのが現在の裁判所の考え方です。
今回のX先生の行為については、「勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく正義に反する」と判断されたといえるでしょう。
ほかの退職金裁判例
ほかの裁判例もご紹介します。
▼退職金ゼロでもOK
■ 飲酒運転
これは、地裁 → 高裁 → 最高裁とだんだん減っていってゼロになった事件です。
退職金1700万円の支給、地裁は全額→高裁は3割→最高裁でゼロに!懲戒免職になった高校教師の退職金を巡る転落裁判レポート
こんにちは。 弁護士の林 孝匡です。 宇宙イチ分かりやすい法律解説を目指しています。 高校 「飲酒運転して事故ったので懲戒免職ね」 「退職金1700万円は・・・...
▼退職金ゼロはダメ
警察官の事件です。この警察官は巡査長に頭突きしたり飲食店の店員に『ブッ壊すぞコノ野郎!』とカラんだりしたのです。裁判所は「懲戒免職はOK!と判断しましたが「退職金ゼロはダメ。1290万円を払ってあげなさい」と判断しました。(横浜地裁 R5.9.13)
さいごに
あるチョンボが「勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく正義に反する」と判断されるかどうかはケースバイケースです。ただ、退職金をゼロにできるケースは相当限定されているとお考えください。
今回は以上です。「こんな解説してほしいな~」があれば下記URLからポストしてください。また次の記事でお会いしましょう!
取材・文/林 孝匡(弁護士)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。法律コンテンツを作ることが専門の弁護士。
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