優秀な自閉スペクトラム症者が採用される事例も
しかし、すべての人が対象だったはずのニューロダイバーシティという言葉は、ビジネスの世界に入ってきた途端に、意味を狭められて使われるようになっていった。
「ビジネスの世界においてニューロダイバーシティという言葉は、発達障害者の雇用といった意味合いで扱われています。つまり、何らかの突出した能力をもつ自閉スペクトラム症もしくはADHDの人を雇い、合理的配慮をもって環境を整えて能力を発揮してもらおうという考え方が、ニューロダイバーシティの典型的事例とされています」
有名どころでは、MicrosoftやSAP(ヨーロッパ最大級のソフトウェア開発会社)といった世界の大手企業でも自閉スペクトラム症者を採用し、若くして飛び抜けた成果をあげているという。国内に目を向けると、オムロングループでは2021年から「異能人材採用プロジェクト」を開始。コミュニケーションなど不得意な部分がある人を対象に、AIや機械学習などの分野で尖った能力を持つ人を積極的に採用するためのプログラムを設けている。
「今まで採用の入り口にも立てなかった有能な人の可能性を広げるという点では、もちろん素晴らしい取り組みだと思います。しかしこれらは、企業の経営課題のひとつというより、障害者雇用のなかの、さらに発達障害というトピックに限定されています。これからの社会においては、企業組織の全メンバーを対象として、ニューロダイバーシティの視点を用いた働き方の個別最適化の議論を始めなくてはなりません」
認知的多様性と心理的安全性を同時に高めることが重要
職務に応じて働き方が定まっている従来のニューロユニバーサリティ的な雇用を、人材の入れ替えや組織のスクラップアンドビルドがたやすいことから「レンガ型モデル」と村中氏は名付けている。レンガ型モデルにおいては、どのチームに入ってもうまくやれる人、すなわち社交的なコミュニケーション能力に長けた使い勝手のよい人が高く評価される。
一方で、村中氏の提唱する「石垣モデル」では、元の石の形を生かして絶妙なバランスで積み上げ構成される石垣のように、メンバーの個性や特性を生かしたチームづくりを推奨している。
「認知的多様性(価値観やものの見方などの多様性)に富んだ石垣モデルは変化に強く、0から1を生み出すイノベーティブな新しい発想が生まれやすいのです。そこでは、能力とか才能といったものの主語が個人からチームへと変わります。ニューロダイバーシティは、人的資本経営における中核的なテーマと言っても過言ではありません」
iPhoneのようなずば抜けてイノベーティブな成果は、認知的多様性の高いチームからしか生まれない。しかし、認知的多様性を高めようと、ダイバーシティへの理解や感性が乏しいチームに多様なメンバーをむやみやたらに放り込んでも、いがみ合ったり、否定し始めたりしてかえって逆効果だという。
「そこでカギを握るのが、心理的安全性です。それは単に仲良く和気藹々とする訳ではなく、ガツンと言い合いをしても否定されない、排除されない、攻撃されないという安心感を指します。メンバーに対して柔軟な対応ができるマネージャーを育成するなどして認知的多様性と心理的安全性を同時に高めることで、チームとしての力を最大限発揮できるのです」
組織内の既存の人材を“耕す”という発想
新たな人材を組織に入れる前に、すでにいる多様な人材の認識や行動をカルティべートする(耕す)ことも、ニューロダイバーシティな組織づくりには欠かせない。その有用な取り組みの一つに、各人のクロノタイプ(体内時計)に配慮した、働き方の個別最適化が挙げられる。
今、ソーシャルジェットラグ(社会的時差ボケ)による健康問題が注目されており、自分のクロノタイプに合わない生活を続けていると勉強や仕事の生産性が落ちるだけでなく、心疾患などの原因にもなると言われている。クロノタイプには個人差があり、遺伝によって決まる部分も大きいという。
「『朝起きられない人は怠惰だ、努力が足りない』なんてことも言われますが、もともと夜型のクロノタイプの人にとって、朝型の生活リズムに合わせて朝早く出勤するのが難しいというのも無理はありません。
もちろんコミュニケーションを取るためのコアタイムは必要かもしれませんが、自由度高く、それぞれが最もパフォーマンスを発揮しやすいワークスペースやワークタイムの選択肢を提供することも、ニューロダイバーシティの立派な取り組みの一つです」
リモートワークと出社の比率を数パターンから選べるようにする、フレックスタイムを活用して頭の冴える時間帯に働く――こうした耳馴染みのある言葉で示されると、途端にニューロダイバーシティを自分ごととして捉えやすくならないだろうか。
「そうした選択肢があることで、特殊能力を持った発達障害者だけでなく、ごく『普通』の発達障害者や、グレーゾーンの人、障害を抱えていない人たちにとっても格段に働きやすくなるはず。さらに言えば、メンバーの障害の有無にかかわらず、一気通貫するかたちで働き方の個別最適化の促進に責任を持つ役員を企業組織に置くのが理想ですね。
経営や企業の中枢にいる人たちは自分のことをマジョリティだと思い込んでいる節がありますが、『ダイバーシティ=マイノリティに配慮してあげるもの』という認識をもっている限り、結局何も大きく動くことはない。ニューロダイバーシティという概念が広まることによって、誰もが当事者であると自覚し、凝り固まった社会の突破口を開くきっかけになればいいと願っています」
取材・文/清談社・松嶋 千春
村中氏が代表を務めるNeurodiversity at Work株式会社のHP
https://neurodiversity.jp/