少子高齢化が進むなか、労働力の確保や企業の競争力強化のために欠かせないものとして「ニューロダイバーシティ(Neurodiversity、神経多様性)」というキーワードへの注目が高まっている。これはNeuro(脳・神経)とDiversity(多様性)をかけ合わせた造語で、「人の脳や神経、認知のあり方や特徴の違いを多様性と捉えて尊重し、社会で生かしていこう」という考え方を含む概念である。
ことビジネスにおいては、主に自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症(ADHD)などの発達障害者の採用促進といった文脈で語られることが多く、企業によってその取り組みもさまざまだ。まだ日本においては身近ではないニューロダイバーシティという考え方について、臨床心理士の村中直人氏に詳しく解説してもらった。
全人類にMサイズの服を着るよう強要するような現代社会
ニューロダイバーシティという言葉は、1990年代後半に自閉スペクトラム症の成人たちがセルフアドボカシー(自己権利擁護運動)の旗印として用いたことが起源となっている。自閉スペクトラム症者がつくった言葉であるがゆえ、ニューロダイバーシティは発達障害という言葉の言い替えであると捉えられがちだという。
「ニューロダイバーシティは『生物多様性』の概念から着想を得て生まれた言葉で、さまざまな生物が存在することで生態系が絶妙な均衡を保っているように、人間の脳や神経の働き方だって多様性を尊重されるべきである考え方です。ニューロダイバーシティは特定のマイノリティを指す言葉ではなく、あくまで人類全体を対象としているのです」(村中氏、以下同)
ニューロダイバーシティと対をなすのが、ニューロユニバーサリティという概念だ。この発想は産業革命の時代から私たちに根付いている。「人間の根本はだいたい一緒」という思想のもと、手仕事から工場での大量生産へと産業のあり方が変化していくなかで、平均的な人間にとってやりやすい方法を描き、万人に適用しやすいもっとも生産的な働き方が追求されていった。
「人は一人ひとり違うから、『平均的な人』に合わせて働き方を決めるということは、つまり誰にとっても合わない働き方であるとも言えます。それを我慢してやっていこうという社会がこの200年間続いたわけです。ノーマルな人なんて存在しないのに、それがまるですごく規範的な人間のあるべき姿のように扱われている。
洋服で例えるなら、小柄な人や大柄な人に対して『Mサイズならなんとか着れるでしょ』と言っているようなもの。そんな社会だとみんな息苦しくなってしまうじゃないかという訴えが、ニューロダイバーシティの本質的なメッセージであると私は捉えています」