料理長自ら個の意見や課題を吸い上げる『ラウンドテーブル』
さらに今回は、『人が原点の帝国ホテル』『人材が大事』という点に立ち返り、『令和の今の時代の料理人をどう育てるか』がテーマ。「人が、個がどう生きるか」という視点を帝国ホテル全体として掲げ、「人的資本の考え方に基づき、今の食の時代に何ができるか」をプレゼンした。
杉本料理長によると、現在は料理人の人材不足だという。2023年度の調理師養成施設への入学者も、2019年度から15%減少している。また料理人に対するイメージも忙しさや体力面のキツさといった、マイナス面が目立つという。
杉本料理長は、「誰でも働きやすい環境を整え、だれでも挑戦できる業界にしたい」と語る。現状は「女性シェフの活躍が少ない」と明かし、「重たい鍋が持てるからシェフになれるわけではない。“シェフたる素質があること”が重要。少しでも環境整備して、少しでも長い時間、一緒に挑戦できる組織を作りたい」と意気込む。
では、料理人の働きやすさや人材の確保・育成を実現するために、どのような施策を行っているのか。
杉本料理長は『ラウンドテーブル』というヒアリングタイムを設けている。杉本料理長や支配人が調理スタッフを招待し、丸いテーブルを囲んで帝国ホテルの料理を味わいながら、「食事をしながら語る場」だ。杉本料理長の「これまでやってきたこと」や「料理に対する姿勢」を伝えることはもちろん、「個の目標、課題、ぶちあたっている壁」を吸い上げる。また食事を共にすることで、帝国ホテルが提供しているブランド・価値を“お客様目線”で味わってもらうことも意識している。
役職や立場を超えて話をする中で、例えば「子どもを幼稚園に送ってからでなければ出社できない」といった、女性社員の声も耳にした。
「その問題に対して、何ができるのか。世界を見ると、いろいろなシェフがいる。もしかしたら、スケジュールの調整ができるのではないか。1日中調理場にいることだけが、シェフの仕事じゃないかもしれない。もしかしたら遠隔でもできるかもしれない」
杉本料理長は、吸い上げた現状や課題を、環境整備にいかしていく。「せっかくご縁があって仲間になったのに、乗り越えていかなきゃいけない壁がたくさんある。さまざまなライフイベントを抱えていく中で、そこをどうやってうまく手をあげて、一緒に作り上げていくかが必要」と語る。
「特に女性は、子育て、育休、復帰とライフイベントがたくさんあり、子育てと両立して仕事していく中で時間の制約や壁がある」と、現状の課題を訴える。「帝国ホテルで克服しなければいけないことは、まずはヒアリング」だといい、吸い上げた内容を具体的にどういかしていくかを語った。
「ホテルの中は、ひとつの店舗だけを運営しているレストランではないので、さまざまな時間帯の中で動いている店舗がたくさんあります。例えば、女性だけでなく男女とも、課題を抱えている方に優先的に(勤務しやすい時間帯が)当てはまる店舗に行っていただく。自分の仕事とプライベートとのバランスをはかっていく。それで終わりでななく、そのバランスをヒアリングした上で、『もうフレンチをやる準備ができました』『もう前と変わらずできます』となった段階で、適切なところに戻せるように話をしていく」
生きていくために、そしてお金を稼ぐためにも必要な「仕事」。しかしその働き方によってライフバランスが崩れてしまっては元も子もない。ウェルビーイングの観点からも、過ごしやすく、“なりたい姿”が描ける環境であることが望ましい。職場は長く過ごす場だからこそ、より良く生きるための改善と進化が求められる。料理業界の新しいスタンダードを築いていく杉本料理長と帝国ホテルの改革に、要注目だ。
取材・文/コティマム