職場での世代間ギャップはいつの時代にもあったが、現在の年長者世代と、「Z世代」の仕事に対する価値観には大きな乖離がある。Z世代にとって「はたらく」とは何か。アメリカ在住のZ世代が記す仕事と働き方についての時事エッセイ。
【Z世代の〈はたらく〉再定義】〝girlboss〟から〝lazy girl job〟へ
書籍『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』を読んだことがあるDIME読者の方はいるだろうか。シェリル・サンドバーグ氏によるこの本は2013年に大ヒットし、2010年代初頭から中旬にかけて盛り上がった「ガールボスムーブメント」の代名詞的な存在だ。当時は女性でもバリバリ働けば起業家として輝くことができると謳い、ネオリベラル的資本主義*1を礼賛し、SNS映えと白人中心的なフェミニズムを重視する価値観が流行(はや)り、大きな文化的影響力を持った。しかし今日、この「ガールボス」という言葉は時代遅れと見なされ、いわゆる「オワコン」になった。「ガラスの天井を打ち破ろう」、ガールボスがそう鼓舞したはずのミレニアル世代の女性たちや後続するZ世代は、ある種ミームとして笑いの対象にし、古くてマッチョな価値観として批判する。そして今、Z世代の注目を集めるのは〝lazy girl job〟というフレーズだ。
Instagramで@antiworkgirlbossというユーザーネームを使う、ガブリエル・ジャッジ氏によって発信されたこの言葉は「働くこと」を過度に美化しない。「アンチワークガールボス」という名前のとおり、ガールボスブームが〝美徳〟とした時間外労働をもてはやす風潮やネットワーキングを通じたハッスル*2を批判し、新しい「ニュートラルな働き方」として〝lazy girl job〟を提示したのだ。また、ジャッジ氏は労働にまつわる問題の知識を広めたり、自身の職場での経験を共有したりすることでZ世代とミレニアル世代の共感を呼び、同時に「教育」の役割も果たしている。
「今時の若者は怠け者だ」という言説は、確かにいつの時代の大人も口にするが、Z世代の間で〝lazy girl job〟という概念が流行するのは、必ずしも「働きたくない」「怠けたい」という理由が原因ではない。それなりに快適に暮らせる給料がもらえて、福利厚生が備わっていて、大体9時~17時の時間帯で仕事が収まって、自宅からリモートで仕事ができて、基本的に大きな変化がない仕事こそが、〝lazy girl job〟を求める人にとっての理想の仕事像なのだ。そこには過労や激しい競争からくる燃え尽き症候群、不安症を避けるため、昇進や日々の変化がなくてもいいから「気軽な安定」が欲しいという切実な願いがある。「仕事に対する怠惰な価値観」ではなく、むしろ「生活を尊重した健康的な働き方」だとも考えられるだろう。
さらに、Z世代はメンタルヘルスを重要視することはたびたび強調している。特にコロナによるロックダウン以降、わざわざオフィスまで通勤しなくとも、リモートワークで成し遂げられる仕事がたくさんあることをZ世代は若いうちから知ることができた。結果として、職場のハラスメントや理不尽な稼働や移動、そしてそれに付随するストレスは本来避けられるものであると、体感しているのだ。
このフレーズや価値観が一般化したことには様々な要因がある。「ガールボス」の存在が極めて排他的な(裕福な白人女性を優遇しがちで、格差を広める原因になり得る)ことや、いくら女性が努力したとしても平凡な男性には勝てない制度上の不利が根強く存在していること。さらに、起業家エミリー・ワイスが設立したコスメブランド「Glossier」の人種差別問題や血液検査を行なっていた「Theranos」社長のエリザベス・ホームズの詐欺による逮捕など「ガールボス」の人道的に暗い側面が浮き彫りになったことも大きい。「他人の幸福を損ねたり、自分の倫理観を捨てたりしてまで裕福にならずとも、家賃が払えて私生活のために使える時間と精神的安定さえあれば、仕事がつまらなくても楽なほうがいい」と、考える人が増えるのは自然なことかもしれない。
文/竹田ダニエル
竹田ダニエル|1997年生まれ、カリフォルニア州出身、在住。「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆し、リアルな発言と視点が注目されるZ世代ライター・研究者。著書に『世界と私のA to Z』。「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023」を受賞。カリフォルニア大学バークレー校大学院在学中。
ネオリベラル的資本主義*1:政府の介入を最小限に抑え、企業や個人の自由な競争を通じて経済成長を実現しようとする考え方。経済成長をもたらす一方で、所得格差の拡大、社会保障の削減、労働市場の不安定化など、多くの批判もある。
ハッスル*2:非常にがんばって働くこと。これを価値あるものとみなす文化や考え方をハッスルカルチャー(Hustle Culture)と呼ぶ。個人の価値がその人の仕事における生産性や成果によって測られるケースが多く、仕事以外の活動や自己のケアが犠牲になることも指摘される。