「オフィスで猫を飼うなんて…と、断られ続けました」(中村代表)
「通所型生活訓練施設 いろどり西横浜(以下「いろどり西横浜」)」を運営するIRODORI合同会社代表の中村彩絵実(さえみ)さんは、発達障害の兄がいたことや、自身も対人不安や会食恐怖などで悩んでいた過去があったことから心理学に興味を持ち、精神保健福祉士の資格取得のための実習先で生活訓練施設に出逢った。自身が過去にカウンセリングを受けたくても高額で受けられなかったため、もっと気軽にカウセリングを受けられるようにしたいと考えたこと、また社会生活で生きづらさを感じる人への支援が、「心理面」と「生活面」に分断されている現状に疑問を抱いたことから、心理学をベースとしたヒーリングプログラムとカウンセリングを融合させたサービスを提供する施設を創りたいと考えたという。ちなみに同施設は横浜市の障害福祉サービス事業として指定されているので、利用料金の9割からほぼ全額が行政負担となっている。
一方、動物園で働きたいと思ったほどの動物好きで、実家でずっと猫と暮らしていたこと、前職がペットフードの会社で輸出業務に携わっており、外資系の同業他社のオフィスに猫がいると聞いていたことから、「自分で会社を持ったら、オフィスで保護猫を飼いたい」とずっと思っていたという。しかしいざ動物保護施設から猫を引き取ろうとすると、「会社で猫を飼うなんてとんでもない」と強い拒否反応にあい、どこからも断られてしまった。あきらめかけて最後にダメ元で、東京キャットガーディアンに相談したところ、代表の山本葉子氏との面談で「猫付きカンパニー®」の構想を知り、2匹の保護猫を引き取ることができたという。
東京キャットガーディアンは、保健所や動物愛護センターなどから猫を引取り、適正な飼育者へ譲渡する活動と地域猫活動をおこなっている団体で、2008年の設立から2024年2月までに、1万頭近い猫の譲渡を行っている。これまでも、「猫付きシェアハウス®」「猫付きマンション®」といったユニークな取り組みを行っており、「猫付きカンパニー®」は「猫付き」プロジェクトの第3弾。前の2つのプロジェクトが成功していることから、オフィスにも展開することを決めたという。
「猫は、留守番を苦にしない動物」(山本代表)
それにしても、なぜ一般的な保護猫団体ではオフィスでの飼育がNGだったのに、東京キャットガーディアンではOKだったのか。それは保護猫団体は基本的に“終生飼育”を引き取りの絶対条件としているのに対し、「猫付きカンパニー®」は、里親が見つかるまでの間預かってもらい、飼育できない状況になった時にはまた施設に戻すことが可能な“預かり飼育”という形態をとっているから。
「猫付きプロジェクト」の住居を増やしていくことは、各地に小規模な保護猫シェルターを増設していくことにもつながる。また「猫付きプロジェクト」の住居で暮らす猫は日常的にいろいろな人と触れ合う機会が増えるため、引き取り手が少ない成猫の里親探しにも役立っているそうだ。
「複数の人間による飼育であっても、そこに適正な飼育者がいれば問題ないと私たちは考えており、飼育される方の飼育経験が浅い場合は、獣医師の指導や東京キャットガーディアンのスタッフの補助を行っています。そもそも猫は、人間と一緒にいないとメンタルを病んでしまう犬と違い、自分だけの時間と、人間との距離感が必要な動物であり、そのため留守番を苦にしないという大きな特徴があるのです。私たちのシェルターでも、日中は交代で猫を外に出して思いっきり遊ばせ、スタッフが帰る夜間にはケージでゆっくり眠るというスタイルで、言ってみれば自宅で猫と暮らしている人の昼夜が逆になっているだけ。これまで1万頭以上の猫をこのシェルターで飼育してきましたが、こうした暮らし方で分離不安などメンタル面の問題が起こった猫はいません」(山本氏)
「猫付きカンパニー®」は、これまでいくつかの企業からオファーがあったが、なかなか条件が合わず、成立しなかった。理由の8割は建物の問題。都心の大きなオフィスビルの中のある企業も興味を示したが、ビルの入居規約に「動物NG」とあったり、動物がいると夜間の警備システムが作動してしまったり、そもそも夜間は空調が切られてしまうなどの理由で実現しなかった。中村代表のオフィスでは、住居部分が動物OKのためテナント部分もOKとなっていたことから実現したという。
スタートアップにこそ、猫付きカンパニー®をお薦めする理由
「いろどり西横浜」にはさまざまな利用者が訪れ、中には猫が苦手な人もいるので、オフィス猫たちは普段、自動給水機と自動給餌機、全自動トイレ、ペットカメラ完備の事務所兼猫ルームで生活している。来客のない時間帯は、施設内のスタッフルームで一緒に過ごすこともある。また休日には、会社から徒歩圏内に住んでいる中村代表が様子を見に来るようにしているとのこと。
▲決まった時間にフードが出てくる自動給餌機があるので、スタッフが忙しくても安心
▲猫がトイレをすると自動で感知してお掃除してくれる、全自動猫トイレを設置
オフィスに猫がいるとどんなメリットがあるのか。
「一番は、職場の雰囲気が和やかになることですね。また、仕事効率を維持させるためにも、一定間隔で休憩をとることが望ましいのですが、“たばこ休憩”みたいな具体的なきっかけがないとなかなかとりづらいもの。でも猫がいると、休憩のきっかけができるので、自然と一休みしたりリフレッシュしたりできます。ストレスの多いオフィスこそ、猫がいる効用は大きいのでは。
またスタートアップ企業は、『一般に認知してもらうこと』『働いてくれる人を集めること』のハードルが高いのですが、オフィスに猫がいると、営業先でも話題のフックになりますし、募集をかけても興味を持ってもらいやすいと感じています」(中村代表)
「いろどり西横浜」は、引きこもりの方や対人不安が強い方への、心の癒しや社会生活への順応のための支援も目指しているが、猫好きな人なら、この2匹の猫に会えるということも、通所の大きな後押しになりそうだ。そう考えると、単なるスタッフの癒しばかりでなく、営業スタッフ・運営スタッフとしても重要な役割を果たしているのかもしれない。
取材・文/桑原恵美子