人間の非合理な意思決定のメカニズムを解明する行動経済学
――すでに社会生活の中に取り入れられている行動経済学ですが、心理学との違いを教えてください。
相良先生 経済学と心理学は全く違うアプローチをとっています。伝統的な経済学の専門家は、合理的な人間を前提として「人はこう行動するべきだ」という理論を展開します。
一方、心理学の専門家はわれわれ人間の「ありのままの行動」を分析します。二つは水と油のようなもので、なかなか両者ともに納得のいく落としどころが見つからず、体系化が難しかったのです。
先程の「現状維持バイアス」や「目標勾配効果の応用」といった、行動経済学の理論自体は理解できても、それがバラバラで体系化されていなかったのが現状です。
私がコンサルタントとして独立した時、クライアントからよく「行動経済学の理論は、聞いた時にはわかったつもりになっても、数がたくさんあってすぐに忘れてしまうので、体系化して欲しい」とよく言われました。また、「わかりやすく為になるように、行動経済学を教えてください」とも言われたのです。そこでビジネスパーソンのために分かりやすく行動経済学を体系化して、理解が進む様に、新刊書を発刊しました。行動経済学を始めて整理し、体系化した入門書です。
体系化するためには本質を明らかにしなければなりませんが、私はその本質を「人間の非合理な意思決定のメカニズムを解明する学問である」と考えました。
人間が合理的な意思決定を常に行うことができるのであれば、忙しい時にスマホの動画をダラダラ見るようなことはしないでしょう。でもそうしてしまうのが人間です。人間は非合理的な意思決定をするものなのです。ではこの本質をふまえて、行動経済学を体系化してみましょう。
人が非合理な意思決定をする3つの要因とは
相良先生 冒頭、私は「経済(活動)における人間の行動のメカニズムを解明する学問が行動経済学である」と言いました。人間の行動は意思決定をした結果です。映画を見ようと思いついて、映画館に行くのです。意思決定の連鎖で人間は行動するので、なぜそうした意思決定をするのかというメカニズムを解明すれば、「なぜ人がそう行動するのか」がわかります。
そして、人が「非合理的な意思決定」をしてしまうメカニズムには3つの要因があります。
1)認知のクセ
2)状況
3)感情
です。
わかりやすいように図で紹介してみましょう。
3つに分類化して体系化することで、行動経済学がより理解しやすくなるでしょう。今回、3つの要因の詳しい解説は省きますが、もっと知りたい人はぜひ本を参考にしてみてください。
1)の認知のクセの事例の一つとして、bがあります。これは抽象的な概念を具体的に比喩するという認知のクセです。「人の上に立つ」「出世する」「優位性」といった抽象的な概念は「垂直(な配置)」という具体的なものに例えることが頭の中に起こっています。
高級腕時計の広告では時計を垂直に見せることで、高級感を打ち出すことができます。垂直な時計から、「人の上に立つ」「出世する」「優位性」を感じるのです。
――角度だけでこんなに印象が変わるのですね!最後に行動経済学を学びたいと思う人へ、コメントをお願いできれば幸いです。
相良先生 どういうビジネスであれ、ビジネスの肝は「人間の行動を変える」こと。BtoBであれBtoCであれ、顧客は紛れもなく皆「人間」であり、経済は人間による行動の連続で成り立っています。
行動経済学を通して人間の行動への理解を深めることで、営業やマーケティング、そして人事や経営戦略などあらゆる分野で成果を上げることが期待できます。
本書を読まれた後は、ぜひあなたのビジネスに取り入れて実践してみてください。これまでとは違った視点でソリューションを生み出すことができるでしょう。
――ありがとうございました。
相良先生は新刊書で認知のクセに関するクイズをいくつか紹介している。イエール大学で行動経済学を教えているシェーン・フレデリック氏が考案した認知反射テストは面白かったのでぜひ紹介しよう。
野球のバットとボールが合わせて1ドル10セントで売られています。
野球のバットはボールより1ドル高いです。
別々に買ったらそれぞれいくらでしょうか?
数字にひっぱられて、正解を導くのは、意外と難しく感じるのではないだろうか。バット1ドル、ボール10セントの答えは、不正解なのだが。
相良 奈美香(さがら・なみか)先生
「行動経済学」博士。行動経済学コンサルタント。
日本人として数少ない「行動経済学」博士課程取得者であり、行動経済学コンサルティング会社代表。
オレゴン大学卒業、同大大学院心理学「行動経済学専門」修士課程および、同大ビジネススクール「行動経済学専門」博士課程修了。
デューク大学ビジネススクールポスドクを経て、行動経済学コンサルティング会社であるサガラ・コンサルティング設立、代表に就任。その後、世界3位のマーケティングリサーチ会社・イプソスにヘッドハントされ、同社・行動経済学センター(現・行動科学センター)創設者 兼 代表に就任。現在は、ビヘイビアル・サイエンス・グループ(行動科学グループ、別名シントニック・コンサルティング)代表として、行動経済学を含めた、行動科学のコンサルティングを世界に展開している。
まだ行動経済学が一般に広まる前から、「行動経済学をいかにビジネスに取り入れるか」、コンサルティングを行ってきた。アメリカ・ヨーロッパで金融、保険、ヘルスケア、製薬、テクノロジー、マーケティングなど幅広い業界の企業に行動経済学を取り入れ、行動経済学の最前線で活躍。
自身の研究はProceedings of the National Academy of Sciencesなどの権威ある査読付き学術誌のほか、ガーディアン紙、CBSマネーウォッチ、サイエンス・デイリーなどの多数のメディアで発表される。また、国際的な基調講演を頻繁に行い、その他にもイェール大学やスタンフォード大学、アメリカ大手のUberなどにも招かれ講演を行うなど、行動経済学を広める活動に従事している。他、ペンシルベニア大学修士課程アドバイザーを務める。新刊「行動経済学は最高の学問である」(SBクリエイティブ発刊、定価1870円)。
文/柿川鮎子