立ちはだかる月面の傾斜
「僕がスタッフに加わった2019年には、球型というソラキューの形は決まっていました」というのは、おもちゃ開発のベテラン技術者、米田陽亮である。
ミッションは、月面で拡張変形したあと、内部カメラで着陸したスリムを探し撮影する。そのためには、月面を移動しなければならない。月面を走行するにはどうしたらいいのか、米田はそれを最大の目標にして開発を進めた。衣装ケースに園芸用の砂を入れオフィスの片隅に据え、実験を繰り返した。
米田陽亮は言う。「整地されていない月面には凹凸があるでしょう。30度ぐらいの傾斜はあり得るので、それを超えられるように試作を繰り返しました」
立ちはだかったのは傾斜の問題だ。3Dプリンターを駆使して、20回以上試作を繰り返したが、試作機は30度以上の傾斜を超えることができなかったのだ。
「ソラキューの小さな車輪で30度の坂を上がるには、砂が崩れるぐらいの勢いで登らないと踏破は難しい」
「重さとサイズはJAXAから指定されている。パワーアップのためにモーターを増やすことはできないね」
煮詰まった話し合いが、開発を担った米田陽亮たちスタッフと、開発責任者だった渡辺公貴(現同志社大教授)の間で続いた。
山積みされた難問
(C) TOMY
月面はレゴリスと呼ばれる砂に覆われ、急な傾斜も想定される。
月の表面は宇宙風化作用等によって、砕けた岩盤などの細粒物が層をなすといわれている。傾斜では月面を覆うレゴリスという微粉末に、車輪が空回りすることも考えられる。「さらに」と米田陽亮は難問を語る。
「坂では試作機のお腹が地面について、動かなくなってしまう。ソラキューの動き方自体を変える必要があるのではないかという、大きな課題も立ちふさがりました」
月面を覆う微粉末、車輪が空回りする危惧、傾斜では試作機の腹が地表について動けなくなる欠点――。立ちはだかるこれら難題をどう解決したのか。明日の後編では思わず膝を打つソラキュー誕生までのブレイクスルーを詳しく解説する。
取材・文/根岸康雄