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株式会社タイミー 代表取締役
小川嶺(おがわ・りょう)氏
1997年生まれ。立教大学経営学部卒。高校時代に起業に関心を持ち、リクルート/サイバーエージェントでのインターンを経験。2017年にアパレル関連事業の株式会社Recolleを他立ち上げるが1年で事業転換を決意。その後、様々なアルバイトを複数掛け持ちした経験から「応募から勤務、報酬の受け取りが一つのアプリで完結できたら」と考え、スキマバイト「タイミー」の開発に着手。大学在学中の2018年8月よりサービスをローンチ。趣味は将棋で認定3段の腕前。
月間売り上げわずかの会社が3億円の資金調達に成功
2018年8月、ついにタイミーは動き出したものの、スタート時点で決まっていた導入事業者はわずか3店舗だった。働く場所がなければ、サービスはまともに機能しない。導入店舗数を拡大するため、泥臭い飛び込み営業など、様々な方法で飲食業界にアプローチを行ない、働き手がドタキャンした時には、小川さんをはじめ、メンバーが代わりにバイト先に出向いて働いた。その甲斐もあってサービス開始から3か月後には、シリーズAで3億円を調達、タイミーの名前は一気に広まっていく。誰が見ても順風満帆な船出だった。
「3億円の資金を調達できたことで、事業も絶好調と思われていましたが、調達に動いていた2018年10月の売上額はわずかだった。この時に15億円のポストバリュエーション(資金調達後の企業価値)を掲げましたが、出資を打診した60社すべてから断られるという惨憺たる状況でした。この時に出資してくれたひとりがサイバーエージェントの代表・藤田晋さんでした。藤田さんとは『はやまりナイト』という、藤田さんと若手起業家たちとの交流を目的にしたイベントで初めてお会いし、イベントの一次会が終わったあと、大胆にも藤田さんにイベントでのお礼を書いたメールで、1億円の出資をお願いしました。すると藤田さんから『あまり覚えていないけれど、よかった気がするよ』との返信が。それから数日後に出資が決まったと連絡が届き、藤田ファンドの投資第1号案件に選出されたんです」
小川さんは人脈が広く、藤田さんやディー・エヌ・エー代表取締役会長の南場智子さんをはじめ、経済界の大物とのきずなも強い。何か特別なコミュニケーション術があるのだろうか。
「何より大事にしているのは、まっすぐに、自分がやりたいことを伝えること。ある社会課題を、自分はどう解決するかを、端的かつ熱量をもって伝える力があれば、多くの方が応援してくれる会社になるはず。そこにテクニカルな要素はいらないと思うんです」
さらに、もうひとつのターニングポイントとしてあげたのが、Z世代を中心として幅広い世代に好感度が高く、人を惹きつける魅力のある人気女優を起用したテレビCMだ。現在は第7弾まで制作され、タイミーの貢献度アップに貢献している。
「テレビで自社サービスのCMが流れているのを見た時には、 ついにここまできたかという満足感を覚えましたね。CMの評判もよく、一気にユーザーが増えたのもこのタイミング。あのCMがなければ、『スキマバイトはタイミー』というブランド構築はできなかったと思いますね」
コロナが直撃し、起業家として2つの苦境に立たされる
出資とCMパワーで、順調に売り上げを伸ばす中、襲ったのが新型コロナのパンデミック。飲食がメインだったタイミーでは、初めて業績ダウンを経験。売り上げは3分の1まで落ち込んだ。
「スタートアップは売り上げがすべて。売り上げが伸びないスタートアップは沈んでいくだけです。正直、かなり苦しい状況でした。その苦境を救ったのが物流業界へのシフト。飲食で伸びていた時期に、たまたま物流関連の会社の方とお会いすることがあり、その縁で、物流の企業を紹介してもらうことができたことをきっかけとして、わずか半年でV字回復を遂げることができました。経営者には運も大切。ただ、運は勝手に降りてくるものでもないですから、日々の縁を大事にしつつ、いろいろなコネクションを作っておいたことで結果的に救われたのかなと思いますね」
とはいえ、その喜びも束の間。次にはコロナ禍、小川さんが先頭に立って始めた新規事業「タイミーデリバリー」が失敗。自信を失くした小川さんは、役員の前で代表を辞めて会長職に就くことを発表する。
オフィスフロアの一番端にある小川さんの席。社長室は設けず、社員と同等に席を並べる。
「そのことをサイバーエージェントの藤田さんに報告をしたら、『キミも世の中にごまんといる〝ゼロイチ〟経営者だったのか。本当に1兆円企業をつくりたいんだったら、どんなにつらくてもバッターボックスに立ち続けないとダメだ』という叱咤激励を受けたんです。そこで目が覚め、すぐさま役員たちに再度集まってもらい、前言撤回を伝えました。『もう1度自分にチャンスをくれないか』と。そしてありがたいことに彼らは僕のわがままを受け入れてくれた。『人間、謙虚がいちばん。鼻高々になって何も得はない』。祖父がいつも僕に言っていた言葉が、この時ほど身に染みたことはなかったですね」
2023年2月には、汐留シティセンター35階のワンフロアを占める新オフィスに移転。ミーティングスペースも多く、居心地の良い空間に。
年に1度は「タイミー」を利用して、スキマバイトに精を出す
2023年9月、サービスリリースから5年で、累計資金調達額は約403億円に達した。しかし、祖父が遺した言葉を守り、常に挑戦心を忘れてはいない。
「社内的にはリモートワークも推奨していますが、僕自身は毎日オフィスに出社すると決めています。そうすることで『今日もがんばるぞ』と一日一日スイッチを入れられる。毎日出社し、社員と触れ合い、好きになったことは自分の目で見て、耳で聞きに行く、現場主義を貫きたいんです。部門の各リーダーに権限移譲はしても、現場感覚を絶対にブラさないことは、ビジネスポリシーとして大事にしていることでもあります。また、代表が自社のサービスを使わないのはどうかと思っているので、どんな規模になろうが、必ず年に1回はタイミーを使って働くことはずっと続けていきたいですね。ちなみに直近では東京ドームで働きました」
「『タイミー』を働く人のインフラにしたい」という思いから、ミーティングルームには「Subway」「Hospital」「BroadCast」「Factory」などのネーミングが用いられる。
さらに、今春からメルカリがスキマバイト業界に参戦するが、特別身構える素振りはない。
「もともとニッチな産業と言われていた分野に多くのプレイヤーが参入し、マーケットが広がりますから、相対的にポジティブなことだと思います。自分もワンプレイヤーなので、ブランド力やこれまでのデータを活かしながら、戦略を考え更新していくだけですね。うちはいろいろとぶっ飛んだことをやっているように思われるんですが、実際は地に足のついた事業の延長線にあるものが成功すると思っています。今後も社会課題、経営課題の解決ができる仕事を続けていきたいですし、社員にもそういった志を持って並走するパートナーになって欲しいと伝えています」
Z世代の旗手ともいわれる小川さんは、Z世代の強みについて、「クリエイティビティが高く、自分独自のドメインがあり、自分の持ち味を使って、どのような表現で世の中に訴えていくかのエネルギー量がすごい」と語る。タイミー成功のバックボーンには、小川さ自身が備えるZ世代のパワーも活かされていると実感した。
取材・文/安藤政弘 撮影/タナカヨシトモ