お寺の業務効率化と僧侶のやり甲斐がアップ
こうした門信徒や参列者といったお寺の「外」の人々だけでなく、僧侶や業務を運営しているお寺の「中」の人にも、DXは役立っている。職員全員にノートパソコンを支給し、フリーアドレス制とし、現在、会議は原則、完全ペーパーレスである。職員のテレワークにも完全対応している。
職員の労務環境も改善している。コンタクトセンターを設置して、参拝予約を受け付けたり、WEBでの予約もできるようになり、これまで経験と勘で行っていた読経のための部屋の管理や、読経を行う僧侶の差配がスムーズになっている。
法話の内容などもデータとして残るために、いつ、だれがどのような説教を行ったかもわかる。「あのお坊さんのお話が良かったので、次の法事もお願いしたい、と頼まれることが増えて、僧侶にとっても励みになっています。もちろん、参拝者にとっても、満足度の高いものにできる。一人一人に寄り添った法要が可能になりました」と東森さんはDXの効果を語っている。
DXで僧侶自身もさらなる研鑽が必須課題に
「良いことばかりに見えますが、一方で、僧侶にとっては日々の研鑽が問われることになる」、と東森さんは厳しい目も、もっている。中身の濃い説教や、人々の心に響く伝え方など、教えを説く側の責任が重くなっている。さらに、SNSで何か事件があれば、あっという間に炎上する危険もある。
システム開発には専門のSEなど技術者と共同で構築し、今後は築地本願寺から全国の寺院へと拡大していく計画である。またシステムだけでなく、現役を退いたシニアの人材の登用も行っている。東森さんはシニアの人材に言われた言葉を大切に守っている。「築城10年落城1日と言われました。こつこつ積み上げていっても、失敗すれば崩壊するのはたった1日。だからこそ、努力精進を怠らず、丁寧に積み上げなければなりません」。
リアルの充実なくしてバーチャルの成功はなし
さらに、DXはリアルを充実させるための一つの手段であるという姿勢は崩さない。「リアルの充実なくしてバーチャルはありません。バーチャルでいくら飾り立てても、飽きられるだけ」と東森さん。スマートテンプル化に、リアルの充実は絶対条件だった。
築地本願寺ではスローガンとして『また来たいお寺をめざして』を掲げている。お寺に参拝して、気持ちを穏やかにしたり、何かの気づきを得て、また明日からの日々を豊かに過ごして欲しい、そんな願いが込められている。
ただ順風満帆に見える築地本願寺のDX戦略も、お寺という組織ならではの難しさもあったという。
「お寺のDXを推進する中で、一般企業とは異なる点があると思っています。例えば、一般企業では仕事の効率やスピードを重視すると思いますが、お寺という組織の性質上、一つ一つの項目を丁寧に積み重ね、正しい答えを、時間をかけて導き、構築していくやり方が、(組織に)合っていると思います。また、当然ですが、我々の根幹は脈々と受け継がれてきた教義や伝統です。その普遍の要素がある中で、いかに周囲の理解を得ながらデジタル化を進めるか、と中々一般企業ではないような悩みもありました」と、お寺ならではの難しさも吐露している。
「お釈迦様の教えは諸行無常。お寺のDX化も、無常のひとつかもしれません。一つずつ進めて行き、ある時振り返ったらずいぶん変った、と感じられる日が来るのが理想です。これからも終わりのない取り組みを、続けて行くでしょう」と言う東森さんの座右の銘はATM。 (A)明るく(T)楽しく(M)前向きに、という心がけを大切に、今日も東森さんはお寺のDX化に取り組んでいる。
インタビュー
東森尚人さん
1969年生まれ。奈良県宇陀市室生で育つ。龍谷大学大学院修士課程(国史学)修了後、浄土真宗本願寺派宗務所に奉職。2018年7月より築地本願寺責任役員副宗務長、2022年8月末より東京教区教務所長を兼務(現在)。新たな取り組みや、広報、財務、企画などを担当。
文/柿川鮎子