最後の通院日に伝えたい感謝の言葉
8年前に亡くなってしまったが私の父は歯科医だった。子供の頃、父の前で患者さんを「お客さん」と呼んで、よく叱られたが、私は今も、医師は接客業だと思っている。医師として高度な技術や知識を持ち得ていなければならないし、アップデートも必須である。
だが、人当たりの良さや優しい声のトーン、患者の“耳のサイズ”に合わせたトークというのも絶対に必要で、そこから円滑なコミュニケーションが生まれるものだ。
私の父は物静かなタイプだったが、歯科医として言わなければならないことはハッキリ患者さんに伝えていた。なかでも、大人の歯列矯正が大ブームとなった今から30年程前、父は、「健康な歯を抜いてはダメ」と口を酸っぱくして言っていた。歯列矯正には、キレイに歯を並べるため、“良い歯”を抜くという方法があった。実際私は父のクリニックとは別の歯科医院で上下左右の親知らずと、犬歯の1本奥の上下左右の歯、計8本も抜き、歯がキレイに並んだだけでなく、「顎が小泉今日子のように細くなった」と調子にのっていた。
が、今、本当に後悔している。66歳にして、“8020”(80歳まで自分の歯を20本、キープすること)には遠く及ばないのだから。父は娘ではなく、自身の患者さんならば、もう少し強く、歯列矯正をする際の注意をしたのだろうか。それを確かめることはできないが、私ももう少し踏み込んで父に質問をすべきだったとは思う。
恐らく読者の皆さんも、これまでさまざまな医師と出会い、さまざまな会話を交わしてきたことだろう。
医師にも“ドクハラ”という言葉があるように、患者を傷つけるような言動をとる人がいるに違いない。
その一方で、患者に寄り添い、患者の年齢やライフスタイル、諸事情などを理解しながらインフォームド・コンセントに入る医師と、その傍らでフォローをしてくれる看護師に私は今回、本当に助けられた。
大勢のお客=患者さんを相手にする職種として、もう一つ、患者の顔やキャラクター、背景などをキチンと覚えておくというのも医師や看護師には必要なスキルだと思う。その意味で、私の“顔色”まで憶えていてくれた看護師さんは完璧だった。術後検査で、あと1回しかその病院に行く予定はないのだが、なんだか名残惜しいほどである。最後の通院日には、しっかり御礼を伝えてくるつもりだ。
文/山田美保子
1957年、東京生まれ。初等部から大学まで青山学院に学ぶ。ラジオ局のリポーターを経て放送作家として『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)他を担当。コラムニストとして月間40本の連載。テレビのコメンテーターや企業のマーケティングアドバイザーなども務めている。