千葉市にある千葉動物公園、1985年にオープンした施設の広さは東京ドーム7倍超の約34万㎡、展示動物は111種585点(2023年5月現在)。ゴリラは国内の20頭のうち、2頭が千葉市動物園で飼育されている。
千葉市動物園では、この10月から自動運転歩行速ロボ「ラクロ」(株式会社ZMP提供)を使った園内ガイドを導入する。仕掛け人は園長の鏑木一誠(61)である。園内の周遊手段として、自動運転モビリティーの導入は全国初。なぜ鏑木園長は導入を決めたのか?
近未来型の動物園の模索
鏑木は千葉県市川市出身、東芝に入社し、その後はコンピュータ部門の事業一筋。第二の人生はまったく別の職種に就きたいと千葉市の園長公募に応募、2019年4月に現職に就任した。
「まず、“創意工夫によるプラス25%活動”を職員に提唱しました。“自分の立ち位置から25%、何か価値につながる活動をしよう”と」
そこで鏑木は就任してすぐに、当時としては非常には珍しかったオンラインの事業を取り入れた。前職のコンピュータ部門で開発携わっていたものを導入したのだ。
カメラ、マイク、スピーカー等を装備したウェアラブルデバイスを飼育員が身にまとい、ライオンの口の中やエサをかみ砕く音、レッサーパンダのまつ毛の長さ、飼育員の至近距離からの画像を、園内や小学校のモニターに映し、遠隔で質問等の双方向のやり取りも行える。将来的に動物園に来られない病院や福祉施設の方々への配信も視野に入れている。
「公募要件の中に“再生に向かった旗振りを”という文言がありましたし、園も“開園50周年(2035年)に向け年間来園者100万人を目指す”という基本理念を掲げていますから」
時代のニーズを取り入れ、展示も工夫し、動物園が発展する姿の模索が重要ではないか。そんな思いを抱いていた鏑木は、自動運転ロボット関連のベンチャー企業、ZMPの役員に就いた前職の知人と考えを擦り合わせる。
自動運転と動物園、重なった課題とは?
「ZMPの自動運転モビリティーは東京の市街地で、配達の実装実験を行っていく計画だ」
「なるほど、広い園内を安心安全に移動できる次世代のモビリティーとして、“動くコンピュータ”の活用はいろいろ考えられる」
すでに市街地での配達・運搬として、歩行速の自動運転車の実証試験がはじまっていた。だが、アミューズメント施設では実現していない。動物園での試みはアミューズメント施設での自動運転ロボの実証実験を意味する。ZMP側にはそんな期待がある。一方で動物園側は、目新しい自動運転ロボでの園内ガイドは集客につながるに違いない。また、高齢化が加速する中、将来的に広い園内の自動運転ロボのガイドシステムが整えば、来園者の大きな助けになるという考えが鏑木の中にあった。両者の狙いが重なり、千葉市動物園での自動運転ロボ、ラクロの実証実験が実現する運びとなっていく。
「市街地以外で、園内を人が縦横無尽に行きかう中、自動運転は成り立つのか」
「安全性がどれだけ担保できるのかが、最大の問題だな」
「ラクロ時速は4km、フロントにはLEDパネルが搭載されていて、目の表情で進行や右左折、停止を周りに伝えることができます」
「初回はZMPのスタッフがラクロの後ろから見守ろう」
コースはミーアキャット、ゾウ、キリン、カンガルー、フラミンゴ等を展示する「草原ゾーン」で1周約350m、乗車時間は約10分。動物園とZMPのスタッフは実証実験に向け、着々と準備を整えたのだが――。
オンライン動物園という発想
そこに立ちはだかったのが、新型コロナウイルスの非常事態宣言。閉園を余儀なくされる事態となった。2020年3月のことだ。「せっかくここまで準備したのだから、何とか園内で自動運転車を走らせたい」鏑木をはじめスタッフはそんな思いを募らせた。鏑木は言う。
「こんな時期だからこそ、動物園に来ているような空気感を味わってもらおう。よし、オンライン動物園をやろうと考えたんです。自動運転ロボに360度カメラを設置して、そのカメラで撮った映像を配信した。
レッサーパンダの着ぐるみ姿の園のスタッフが、ウェルカムの挨拶をして。園内にラクロを走らせ動物園を案内して。特設サイトからエントリーすると1分間、ラクロの遠距離操作ができる工夫も試みました」
2020年5月17日、1日だけのオンライン動物園だったが、視聴回数約2万回、遠隔操縦2千人以上、YouTube上の高評価率97%を記録した。高評価に気を良くしたのか、開園に合わせるように、約1カ月後の2020年6月20日から土、日の4日間、ラクロの実証実験を実施。ラクロに来園客を乗せ、1周約350mの「草原ゾーン」の走行が実現する。各展示舎の通過時には、備え付けのタブレットを使い、園スタッフが動物を説明する音声ガイドが流れる仕組みにした。
“また乗りたい”が98%
翌年の2021年6月3日~8日の2回目の来園者が乗車した実証試験では、ライオンやチーター等の展示舎がある1周460mのコースを新設。ZMPの社屋(東京・文京区)からの安全の見守りと、遠隔操作が可能なスキームも稼働した。2台のラクロに親子や友人で乗れるペアリング走行も取り入れた。鏑木は言う。
「料金も実証実験の中に含まれています。経費等で動物園は一銭も儲けがないのですが、2回目の実証実験での料金は一人800円。ペア走行が1600円。乗車の時間は約10分。少し高くないかな、成り立つのかなと危惧したのですが」
平日を挟んだ2回目の走行実験の累計稼働率は80%、体験者のアンケートでは、料金について、“丁度よい”が68%。“また乗りたい”が96%。アンケート結果が大きな追い風になった。この10月から、数カ月に渡ってラクロによる園内の自動運転車の実証試験がはじまる。鏑木は言う。
「前回は自動運転ロボを使った園内ガイドがテレビに取り上げられ、物珍しさもあり来園者の興味を惹きました。自動運転ロボも一般的になりつつある中で、料金設定も含めて来園者が満足できるものなのか。秋からの数カ月の実証実験で見極めたいですね」
もう一つの仕掛人は双日、その思惑とは?
10月からの数カ月の実証実験で、来園者が本当にラクロの乗車に興味を示すか。採算面から見て動物園での自動運転ロボが定着するか、試金石となる。
だが採算をある程度、度外視しても、身障者や高齢者でも癒しや学びの場として、苦もなく広い動物園を楽しめる、それを支えるモビリティーとして、自動運転ロボの運用は大きな選択肢という構想を鏑木一誠は描いている。長期の実証試験は、今後へのスタートラインでもあるのだ。
一方で、千葉市動物公園での自動運転ロボの実証試験には、総合商社の双日が深くコミットしている。ZMP の株主でもある双日は自動運転ロボの実装に関して、どんなビジネスモデルを描いているのだろうか。その辺の商売に関する絵解きは、明日の配信で詳しく触れる。
取材・文/根岸康雄