■連載/ヒット商品開発秘話
付属のノズルをスプレー缶の噴射口に取り付けてから浴槽底面に向けてレバーを握ると、二股に分かれたノズルの先端がくるくる回転し、スプレー缶を底面から引き上げていくと、あっという間に浴槽全体が洗剤の泡で覆われる。このような浴室用洗剤が、現在売れている。アース製薬の『らくハピ くるくるバブルーン お風呂まるごと』(以下、お風呂まるごと)のことである。
2023年2月に発売された『お風呂まるごと』は、住居用品ブランド『らくハピ』で展開する泡タイプ洗剤『らくハピ バブルーン』シリーズの商品。発売から2か月で約60万個を出荷した。
「くるくるノズル」と呼ばれる付属のノズルを取り付ければ、標準的な浴槽なら3秒程度で、底からフチまでくまなく洗剤の泡を行き渡らせることができる。逆に「くるくるノズルを」を取り付けなければ、浴室の壁や床の洗浄に便利な超ワイド噴射が可能。30秒経ったら水で洗い流すだけでよく、こすり洗いが不要だ。
掃除と遊びの融合
『らくハピ バブルーン』シリーズは2019年8月に、『らくハピ マッハ泡バブルーン 洗面台の排水管』『らくハピ いれるだけバブルーン トイレボウル』『らくハピ ねらってバブルーン トイレノズル』の3品が発売されている。『お風呂まるごと』はこれら3品に続く4品目。シリーズとしては久し振りのラインアップ追加となった。
『お風呂まるごと』が開発された背景には、風呂掃除は肉体的にきつく嫌いな家事のトップに挙がることがあった。マーケティング総合企画本部ブランドマーケティング部 ブランドマネージャーの三好里奈さんは次のように話す。
「当社の調査で嫌いな家事ナンバー1になったのが風呂掃除です。風呂掃除の嫌なところを調査したところ、屈んだりこすり洗いをしたりするところでした」
この生活者の本音に対応し負担を軽減する商品をつくることにしたわけだが、ブランドが目指しているのは掃除と遊びの融合。最初に発売された3品同様、楽しんで掃除ができ、気がつくと終わっているものをつくることにした。
「他社の掃除用洗剤とはまったく異なる価値観を提案するブランドとして、風呂掃除に関するお客様の不満を解決するだけではなく、掃除が楽に楽しくできるものを追加したい、という思いがありました」
このように話す三好さん。2020年に入り企画が立てられ、開発がスタートする。
終売になった商品の技術を活用
浴槽の汚れをこすらずしっかり落とすには、洗剤をくまなく均一に塗布することが不可欠。洗剤の塗布方法を検討する中で浮上したのが、かつて販売されていた『アースガーデンQ アブラムシがコロリ』(以下、アブラムシがコロリ)に採用されたノズルであった。
『アブラムシがコロリ』は2006年に発売された園芸用虫ケア商品(現在は終売)。アブラムシを効率的に駆除するために、噴射と同時に先端がガス圧によってくるくる回転する「くるくるノズル」が付属していた。
「泡の洗剤を塗布するのに最適なのはエアゾールです。『くるくるノズル』の技術を組み合わせればくまなく均一に塗布することが十分可能になるのでは、ということから採用することにしました」
「くるくるノズル」の採用経緯をこのように明かす三好さん。過去に開発された技術を再び活用することを思いついた研究担当は、2019年に入社した女性社員。終売になった商品の技術を活用する道を開いたのは、新人社員の柔軟な発想力だった。
『お風呂まるごと』の「くるくるノズル」は『アブラムシがコロリ』のそれを基に改良したもの。さらに、噴口の位置が真横ではなく、やや下向きになるよう設計されている。これは、角度をつけないと洗剤が噴射時に飛び散ってしまい使用者にかかってしまうことを防ぐための措置だという。
噴口がやや下向きになるよう設計されている「くるくるノズル」の先端
このほか、噴射口の大きさやノズル先端の回転速度といった点も、『アブラムシがコロリ』の「くるくるノズル」から見直した。
ノズルの先端は小さいながらも全5パーツで構成。1つでもパーツを調整することになると、泡の洗剤をムラなく均一に塗布できるよう全パーツの設計をやり直すことになったという。
また、超ワイド噴射が可能なのは噴口の形状による。正面から見ると、単純に穴が空いているのではなく、三重丸のような独特の形状になっている。この噴口と複雑な内部構造により、壁から75cmの距離から噴射すると泡の洗剤を直径45cmと広範囲に塗布することができる。
つくった試作品は4000個以上
泡の洗剤を均一に塗布する方法はこれでメドが立ったが、こすり洗いを不要にする高い洗浄力を発揮する処方を組まなくてはならなかった。
『お風呂まるごと』の処方には1つ大きな特徴がある。それは液性が中性なこと。浴槽のこすり洗い不要を謳う浴室用洗剤の液性は弱アルカリ性が一般的だが、弱アルカリ性より洗浄力がマイルドな中性で処方を組んでいる。
液性を中性にすることは、開発でこだわったポイントだった。その理由を三好さんは次のように話す。
「洗浄力を簡単に上げようと思ったら液性を弱アルカリ性やアルカリ性にすればいいのですが、掃除するときに目を保護してもらったり、手袋をはめてもらったりと、負担を軽減するどころか手間をかけて掃除をすることになります。子どもと一緒に楽しんで風呂掃除をしてもらうには安全に使えるものでないとならないので、子どもが万が一触っても安全な中性にすることは絶対外せない条件でした」
中性ながらこすり洗いを不要にするほどの洗浄力を実現するには、界面活性剤などの洗浄成分を複数組み合わせるなどの工夫が不可欠。「材料の微妙な配合バランスで処方は成り立っています」と三好さんは明かす。
アース製薬
マーケティング総合企画本部ブランドマーケティング部
ブランドマネージャー
三好里奈さん
開発でつくった試作品は3年間で4000個以上。処方とエアゾール缶の組み合わせは40パターン近くだが、各パターンでトライ&エラーを繰り返していたら、これだけの試作をつくっていた。
これほどまでの試作品をつくったのは、洗浄力が強力になったことによるエアゾール缶への影響。サビの発生などが懸念された。
思いがけないアクシデント発生
コツコツ続けた研究開発が実を結び、『お風呂まるごと』は企画から2年目で一度、発売までたどり着いた。ところが、発売間近の段階で急きょ、取りやめざるを得ない事態が発生する。三好さんは次のように明かす。
「取引先に営業案内を始めようとした矢先に、サビが発生しました。商品化に問題なさそうなものの品質を確認するため、長期間にわたり試験を実施するのですが、試験開始から半年ほど経ったときに、サビの発生が確認されたのです。このため、発売がいったん見送りになりました」
これは同社にとって思いがけない事態。三好さんが後日、研究担当から聞いたところ、主担当の女性社員は泣いてしまったという。悔しさは察するに余りあった。
その後改良を重ねて問題が確認されなかったことから、発売に至ることができた。三好さんはこう振り返る。
「入社間もない社員が、お客様の風呂掃除の悩みを解決できる商品を凝り固まっていない頭で考えて提案し、上司などのサポート得ながら正担当として実現に向けて3年間粘るのは相当なことです。発売に至るまでいろいろ試行錯誤してきただけに、発売できたのは本当に良かったと思っています」
バズった10秒足らずの動画
発売から2か月の出荷数が約60万個は予想以上の売れ行き。かなり好調なスタートダッシュを切ることができた。
好調なスタートダッシュが切れた理由の1つが、動画投稿。浴槽に見立てた透明のケースで『お風呂まるごと』の使い方と「くるくるノズル」の動き、泡の広がりを見せる動画をつくりYouTubeとX(旧Twitter)に投稿したところ、Xでは投稿された2月末から約5か月で約1550万回閲覧され、約16万もの「いいね」を獲得。10秒足らずの短い動画だが、面白さや楽しさを伝えるには十分だった。
YouTubeとXに投稿された、10秒足らずの商品紹介動画(一部抜粋)
洗剤だけにユーザーはファミリー層がメインだが、他の浴室用洗剤と比べると子どもがまだ小さい若い世代からの支持が高い。その一方で、発売後のユーザーの声から、高齢者に最適だということもわかった。
高齢者に最適な理由は、屈むことなく掃除ができること。膝や腰が弱ってくる高齢者にとって、浴槽の洗浄は身体への負担がことのほか大きい。そんな高齢者が浴槽を洗うときの負担軽減に一役買うことができるというわけである。
取材からわかった『らくハピ くるくるバブルーン お風呂まるごと』のヒット要因3
1.高い洗浄力
浴槽や壁、床に塗布し30秒後に水を掛けて流すだけで掃除が完了。こすり洗い不要な洗浄力の高さは、「便利」のひと言につきる。
2.体の負担が軽く安全に使える
屈むことなく浴槽が掃除できるので重労働な風呂掃除が楽にできる。こすり洗いが不要なほど洗浄力が高いのに、液性は子どもでも安心して使える中性。負担がかからない上に安全に使えるので、誰でも安心して使える。
3.機能以外の価値提供
こすり洗いすることなく水で流せば汚れが落ちるのは、洗剤の機能として申し分ない。しかし、この商品の真骨頂はこの点に加え、「くるくるノズル」の先端が回転しながらあっという間に浴槽に洗剤を均一に塗布できるところ。この掃除を楽しくする仕掛けは、従来の浴室用洗剤にはない新しい価値だ。
ユーザーの反応で多いのが「楽しい」「超楽」といったもの。その一方で、「すぐなくなる」といった反応もあるという。すぐなくなる理由は、1回の掃除で使いすぎてしまうため。「使用目安なども一緒に案内し使いすぎないようにすることが今後の課題です」と三好さんは話す。
しかし見方を変えれば、楽しいからつい使いすぎてしまうというもの。掃除が楽しくできるようになるアイテムとして優れているといえよう。
文/大沢裕司