日本では不動産を売却する場合、不動産会社は選べても仲介担当者(エージェント)を選ぶことはできない──そんな商慣習の変革に挑むのが、不動産の売却希望者と仲介担当者をマッチングさせるサービス「タクシエ(TAQSIE)」だ。三菱地所リアルエステートサービス新事業推進部参事の落合晃さんに、タクシエ立ち上げの経緯とサービスの先にあるビジョンについて詳しく聞いた。
三菱地所リアルエステートサービスの30代社員が挑んだ不動産業界の商習慣改革
組織にいながら起業家のように事業を立ち上げ、推進する。新規事業は不確実性が高いことの連続だが、現場の担当者はどのように働き、どのような学びを得ているのか。不動産...
売主に寄り添い「話がしやすい同世代」を仲介担当者に選べる
不動産を売却する際は、信頼できるエージェントに頼みたいと思うもの。しかし日本では、不動産会社を選ぶことはできても、仲介担当者個人を選ぶことは難しい。不動産会社が担当者を決めるため、売主はどんな人に担当してもらえるのか事前に知ることはできない。そのため、期待した対応をしてもらえず、売主が不満を感じるケースは少なくない。
こうした状況を変えるべく、三菱地所リアルエステートサービスが新規事業として2022年5月にスタートしたのがタクシエだ。タクシエは、Web上で不動産の売却希望者と仲介担当者を直接マッチングさせるサービス。売却希望者はタクシエに登録すると、マッチング度が高いと判断された仲介担当者の中から、担当者のプロフィールや実績などを見て、売却の相談をしたい担当者を直に選ぶことができる。
タクシエを企画・運営する同社新事業推進部の落合晃さんは、サービスの特長を「お客様の事情に寄り添って対応できる売却サイト」と語る。基本的な仕組みとして、該当エリアでの売却実績が多く、近い条件の買い手を登録している仲介担当者がマッチングされるようになっているため、互いのミスマッチを解消できる。
また、仲介担当者のプロフィールやアピールポイントなどから、「話がしやすい同世代」「人生経験豊富なベテラン」など、希望するタイプの担当者を選ぶこともできる。不動産を売却する場合、相続や複雑な権利関係など、何らかの相談事を抱えているケースが少なくない。タクシエを利用すれば、それぞれの相談内容に強みを持った担当者に相談することが可能だ。
米国視察で実感した、日本の不動産業界の遅れ
落合さんがタクシエの原型となる事業を想起したきっかけは、2019年に経営企画部の新規事業領域担当としてロサンゼルスを視察したことにある。同社は不動産取引のデジタル化で先行する現地のテック企業と提携し、そのビジネスモデルを日本に導入する可能性を検討していた。
現地に行き、不動産取引の情報が一般に開示され、またエージェントも直接選ぶことができ、取引が活発に行われている様子を目にした落合さんは、日本との取引環境の違いを実感し、新たなビジネスの事業化検討に着手した。
三菱地所リアルエステートサービスのビジネスはBtoBのため、当初は商業用不動産のプラットフォームビジネスの可能性を模索したが、1年間のフィジビリティ・スタディ(実現可能性の調査)を通じて、情報開示が遅れている日本では時期尚早と判断。方向転換して事業の可能性を検討する中で、落合さんが着目したのが、BtoCの居住用不動産でのエージェントマッチングだった。
理由は2つあった。1つは、商習慣の変化がBtoBよりも早いこと。実際、賃貸の領域ではオンライン利用が進んでおり、新たなサービスでも定着する可能性が高い。そしてもう1つは、同社がBtoBに特化した事業領域であったため、BtoCのプラットフォームビジネスを展開する際に中立的なポジションを取れることだ。しかも、同社は長い歴史を持ち、多くの同業者とのリレーションもあったことから、大手を含めた幅広い参画が期待でき、ビジネスモデルを成立させやすいと落合さんは考えた。
2021年春にタクシエのビジネスモデルを企画した当初は、売却と購入の両方をターゲットに想定していた。「しかし、事前にユーザーやエージェントにヒアリングを行い、さらに2021年夏にPoC(概念実証)を行ったところ、ユーザー側は「物件ありき」になりがちな購入よりも、売却の方がエージェントのニーズが強かったことがわかった。またエージェント側も、売却物件を起点に購入客を探す傾向があり、新たな売主を求めていたことから、まずは売却に絞ったマッチングサービスとしてスタートすることとなった。
「ユーザーやエージェントへのヒアリングを重ねて改めてわかったことは、不動産取引にわかりづらさや恐さを感じている人が一定数存在することでした。そこで、タクシエを通じて良いエージェントが選ばれ、不動産取引に対する不安を解消することで、不動産流通をさらに活性化させたいという思いから、業界に一石を投じる思いでこのサービスを立ち上げました」(落合氏、以下同)
「不動産売買は信頼できる人に任せる」という世界観をつくりたい
組織の中で新規事業を実現できた背景として、落合さんは2つのポイントを挙げている。1つは、今後さらに不確実性が高まる状況の中で、会社として新たなビジネスを見出そうとする機運が高まったタイミングだったこと。そしてもう1つは、事業がほどよい規模感だったことだ。当初は商業用不動産のプラットフォームという大きなビジネスモデルを志向していたが、ピボットして事業規模を小さくしていったことで、結果として事業化しやすくなったと振り返る。
2022年5月のサービスローンチからの1年を振り返り、落合さんは、新規事業を計画通りに進めることの難しさを語った。
「やはり、計画通りにはなかなかいきませんね。KPIを設定しても、既存事業と違い、PoCの数少ないデータから引っ張ってきた数字なので、実際に事業を回してみると思い通りにいかないことが多い。確たる正解がない中で進めているため、チーム内での議論も拡散しやすく、メンバー間の意思統一も大変だと感じています。その中で、事業を前に進めるために方向性を絞ることに腐心してきました」
目下の課題は、ユーザーの認知・登録をさらに増やすことだという。現状は、リスティング広告に力を入れることでサイトへの流入は増えているものの、会員登録の割合が低下する状況にある。そこで現在、リスティングワード選定やランディングページの訴求内容、登録までの動線、設問の順番などのチューニングを行い、改善を図っている。
また、SEO(検索エンジン最適化)対策として、タクシエの独自性を示すためのコンテンツづくりにも力を入れている。成約者のインタビューでは、タクシエを利用して良かった点や、依頼したエージェントの良さなどを訴求。またエージェントへのインタビューでは、「信頼できる担当者の選び方は?」「仲介担当者によって売却価格は変わるのか」「相続不動産の売却をスムーズに進める方法」「このエリアにはどのような特徴があるのか」など、ユーザーが感じる素朴な疑問などにも答えてもらっている。
タクシエの今後のビジョンについて落合さんは、次のように話す。
「当社は不動産流通市場の発展と信頼性向上をミッション・ビジョンに掲げています。タクシエを通じて、不動産売買のハードルを下げることで、ミッション・ビジョンの実現を目指していきたいです。まずは売却において、良いエージェントが選ばれる世界をタクシエが広げていき、信頼できる人に任せることが大事だという商習慣にしていきたい。また、不動産取引のデジタル化は日本でも避けて通れませんので、来るべき時のために、先行して構えておきたいと考えています」
三菱グループという大企業で働く落合さんの問題意識から始まったタクシエ。不動産業界の構造的な課題を解決するスケール感のある0→1の新規事業をどのように推進してきたのか。後編では、社内起業家としてのその働き方や、組織にいながら新規事業を成功させるポイントについて解説する。
※家の売却検討者と仲介担当者のマッチングサイト「タクシエ」サービス概要はこちら
(プロフィール)
落合 晃(おちあい・ひかる)
三菱地所リアルエステートサービス株式会社
新事業推進部参事
2008年入社。人事部門で福利厚生制度などの企画運営、住宅賃貸部門でタワーマンション営業所長、賃貸マンション企画などを経て、2018年より経営企画部で主に事業開発を担当し、複数の新規事業立上げに従事。2020年度三菱マーケティング研究会ビジネスプランコンテスト最優秀賞受賞。「TAQSIE」では初期構想から推進役を担い、現在もプロジェクト全般に関わっている。2022年4月より現職。
取材・文/稲本 圭