テクノロジーを取り入れることで日々の暮らしを、さらに便利に豊かにしていくことを目的に発足した「LIVING TECH協会」 。住宅、メーカー、プラットフォーマー、メディアなど業界横断で様々な企業が集まり、2023年3月現在、参加企業は40社に上り、@DIMEもメディアパートナーとして加わっている。
第5回目となる「LIVING TECHWeek」が3月に開催。その中からDAY2の「暮らしをアップデートできる住まい。住宅業界が取り組むべきスマートホーム住宅の課題と展望」のセッションの模様を紹介する。
【登壇者】
登壇者は写真左から
佐藤有希氏:日鉄興和不動産 リビオライフデザイン総研室
「リビオライフデザイン総研室」は2020年に人生を豊かにするマンションを調査研究するために設立。ライフデザインをキーワードに、ユーザーの声を聞きながら様々な企業と共創プロジェクトを立ち上げや商品企画を行っている。
青木継孝氏:アクセルラボ 取締役CTO
スマートホームサービス「スペースコア」を展開、戸建、マンションなど、新築・既設を問わずスマートホームを導入する事業を行っている。
橘嘉宏氏:三菱地所「HOMETACT」プロジェクトリーダー
三菱地所は2019年から本格的にスマートホーム事業立ち上げ検討開始。2021年にスマートホームサービス「HOMETACT」を正式ローンチ、昨年からは自社物件だけでなく他社の物件にも提供している。
土橋照之氏:リンクジャパン ホームIoT統括事業部 ディレクター
「リンクジャパン」は、アプリを起点に、自社製品、他社住宅設備、ヘルスケア、エネルギーをリンクして住宅に頭脳を持たせる「HOME OS」事業を展開。機器の遠隔操作だけでなく、暮らしに関わることがアプリでできる事業を構築している。
瀧本拓也氏:日本PCサービス 執行役員 営業本部 本社営業部 部長
「日本PCサービス」は、全国でパソコンの出張修理を年間で12万件、スマートフォン関連を年間15万件手掛けている。直近ではホームIoTの支援、導入後のアフターサービスとしてコールセンター、訪問設定の部門も設立。
スマートホームは「ネクスト住設機器」
青木「IoTの領域はプラットフォーマーと住宅事業者、お客様ではリテラシーがかなり違っており、一番わかりやすい価値、ユースケースを伝えていくことを意識している。住宅の営業現場では、今までの住宅販売ではなかったネットワーク設備が入るため、お客様に価値を説明するのが難しいのは事実。物件を販売する営業さんと同行して、お客様に直接スマートホームの魅力を説明しているものの、内容が難しく現場では営業が説明を省略することもある。販売側のリテラシーを上げることが重要ではないか」
佐藤「間違ったことを言うくらいなら割愛した方がいいと判断する住宅営業の担当者さんも確かにいる。IoT機器があることで暮らしがどう豊かになるんだろうという期待を込めて購入するお客様も多く、これはまさに課題といえる」
土橋「住宅営業部門向けの勉強会を開催することも大事だが、個別の機器類の詳細な操作を案内する場合、プラットフォーマーの営業レベルの知識を身に着けていただく必要があるため難しい面もある。『アレクサ、おやすみ、おはよう』程度の、全体感を体験できる動作だけをプラットフォーマー側で作っておいて、住宅の営業担当者さんは実行するだけのもっと簡易的な操作にすれば、紹介しにくいリスクを下げることができるのではないか」
橘「2020年ごろからスマートホームへの関心をアンケート調査しているが、すでに7割ほどのお客様が何らかの形でスマートホーム導入をプラス評価している。
我々は社内でスマートホームを『ネクスト住設機器』と表現している。本当はネクストという前置きをしなくても、いずれ標準になる仕組みだし、逆にユーザーのリテラシーの方が高くなってきているので、そのあたりのエビデンスを住宅事業者に提示することで、スマートホームを次世代商材として理解することは必須スキルになるという方向へ持っていければいいと思っている」
瀧本「現在、ホームIoTを導入しているユーザーは自身で選んで使っているリテラシーの高い方が多いが、導入されていない層のリテラシーをどのようにしていくかは、アフターサービスの会社としても課題に思っている。家電量販店とも提携しているが、現場の販売員さんも会社からはIoT機器販売促進の目標があるものの、お客様から聞かれて回答できないこともあり、積極的になれないという声も聞いている」
〇ここに注目!
スマートホームを「ネクスト住設機器」と呼んでいる三菱地所の橘氏の発言に登壇者は一様にうなずいていた。IoT機器はインターネットに繋がっているというだけで本来の住設機器と同じという考え方は、住宅業界の今後のスマートホームへの取り組みで注目される点だ。
IoT機器はオプションではなく標準装備を
橘「スマートホーム標準装備ではなくオプション商材とすると、責任をお客様に押し付けることになる。不動産事業者からするとリスクヘッジになるが、まったくユーザーフレンドリーではないため、オプション商材にするのはやめるべきだと考えている。
コスト的な観点で集合住宅の中数部屋だけ実験的に入れるケースもあるが、スマートホームは個別の部屋で運用するのは意味がない。スマートホームを導入するなら全部屋に入れて、物件価値を最大化すべきと考えるが、そこまで踏み切れていないデベロッパーが多い」
土橋「以前とある住宅事業者様でオプション販売をやったことがあるが、入居者に説明もできないし、入居者もよくわからない。この事象に対して要因を伝えると『オプションでは売れないということは価値がないんですね』と違った方向に捉えられてしまった。
前職を含めてIoTに携わっている期間の長い青木さんも良くご存じだと思うが、数年前から一般販売されている商品が出回っていたものの、購入するのは一部のリテラシーの高い人だけ。だったら不動産業界とタッグを組んで設備として入れて設定の手間をなくそうということで、我々プラットフォーマーが出てきたが、そういう流れが生まれたにもかかわらず、IoTをオプションにしてしまうと、ユーザーが選んで使う方向に戻ってしまい、一向にユーザーフレンドリーな暮らしの提供ができないまま変われないのではないか。
九州のデベロッパーの例で、全戸にIoTを標準装備したが、スマートロックは標準装備していない物件で、スマートロックをオプション販売したところ、、20数%の入居者が追加でロックを購入していた。ベースがあると入居者の追加の検討もしやすいが、ベースがないとやり方自体がわからない場合が多く、デベロッパーと一緒に作っていく必要があると考えている」
青木「スマートホームに関しては『何でもできます』はNGワード。何ができるのか可視化していくことも必要ではないか。賃貸物件でも入居してすぐにIoT機器が使えると、アクティブ率が60%を超える。標準装備で当たり前のものにしていくという活動を、業界全体でやっていった方が入居者の暮らしの利便性を提供していくうえでいいと思う」
佐藤「デベロッパーの立場から言うと、住宅を販売、もしくは賃貸するときに住設機器だと長い期間延長保証がある場合があり、売却した後も安心してお客様に使っていただける体制が整っている。一方で、IoT機器は年々どんどん新しい機器が出て、今日買ったものが2年後には陳腐化してしまい、機能がアップデートされたり新しいサービスに対応してくれるのか不安に感じてしまうこともある」
瀧本「機器自体は新しいものが出てくるが、最近はメーカーでアップデートができる仕様になっており、翌年は使えなくなるということはない。ただし、アップデートの過程でうまく操作できなくなったケースはあるので、IoT導入商品がある場合は、弊社のようなアフターサービスをうまく活用すれば、ユーザーが継続的に使っていく中での不安、不満は解消できると思う」
青木「今まではハードウエアという感覚だった家が、スマートフォンによってソフトウエアがインストールされた住宅というイメージに変わっていくと思われる住宅事業者は住設機器という意識を持ってしまうが、一般ユーザーにとってはスマホのように常にアップデートできる家という感覚を持ってもらえる住宅が良いのではないかと思う」
橘「これまで様々な住設機器や家電が住宅の標準設備になり、メーカー保証がつき、デベロッパーがプラスで保証サービスを提供する形ことで安心して住宅購入者が利用できる状況となっている。IoT機器は従来の住設機器や家電に比べると、複雑で取り扱いが難しい商材のような印象もあるが、今まであった住設機器がスマート化されてインターネットに繋がっただけなので、実は既存の商品の延長線上にあるものだと理解すればいいのではないか。従来の住設機器と同様、不動産・住宅事業者が今までお客様のために作ってきた仕組みを適用させていけば、商流は組めるし、新しいデバイスメーカーとも新たに連携できると思う」
〇ここに注目!
従来の住設機器同様にIoTも標準仕様として装備することが今後は不可欠という意見が多く出た。佐藤氏は「IoTは付加価値の一つではあるが、選択肢のように思われると、お客様に迷いが生じたり、なくてもいいと思われてしまい、もったいないと感じる」と発言。「ネクスト住設機器」として、あることが当たり前という段階まで進めていくための方法を模索したいと話した。
エンドユーザーと住宅事業者、プラットフォーマーの距離感を縮めるには?
青木「スマートホームは便利になるだけでなく、住宅に関わる社会課題の解決にもなる。宅配の再配達が大きな問題になっているが、スマートフォンを使えば集合住宅でマンション内に入り置き配ができるし、スマートフォンを使ったホームセキュリティにも利用できる」
橘「遠く離れた家族の見守りといったコミュニケーションも使うことができるし、思っている以上に廉価で実現できることを知っていただきたい。直近の問題として光熱費の高騰があるが、世界的にエナジーセービングがホームIoTのテーマになってきているので、その点も解決できることだと思う」
佐藤「スマートホームは忙しい現代人に時間を作ることに寄与すると思う。共働きの増加など暮らしが変わっていく中で、外出先からエアコンをつける、お風呂のお湯はりをするなど遠隔操作でき、家がどんどん拡張していく感じが暮らしの領域を広げていくと私自身が実感している。小さい課題解決の積み重ねが莫大な時間と余裕を生み出していくことを体験してほしい」
土橋「弊社では今、オンライン診療やヘルスケアに力を入れている。少子高齢化時代で人手不足が問題になる中、最先端の機器を使って、自宅を病院にすることが可能になる。今まで手が届かなかったところも解決できるようになるのが、IoTが発揮できる価値の一つではないかと思う」
橘「一般ユーザーは仕組みやルールがわからずIoTを使わないケースも多い。そこで事業者側が代表的な生活シーンを作りプリセットで提供していくことを始めている。押すだけなら楽にできると、期待値までは届いていないもののかなり利用率は上がった。
ユーザーからすると、引き渡しの時は入居に関する様々な説明があり、その情報量の中にスマート機器に関する説明があっても、重要度が下がってしまいよく理解できないので、引き渡しの前にタイミングを作って、IoT機器について丁寧に説明する機会を作ることで、利用率も上がるのでないか。
入居のときは膨大な数の住宅設備などの説明書をもらうが、僕自身もそうだが説明書なんて読まないので、ログインさえすれば使えるという状況をつくることが、住宅事業者、プラットフォーマーが解決すべき課題といえるかもしれない」
佐藤「リビオライフデザイン総研では入居者の部屋に伺って、使い勝手などを確認しているが、IoT機器は最初の設定でつまずいてしまうと、どうしていいかわからず使わないケースもある。ボタン一つなど簡単なセットアップにしてもらえれば、とりあえずやってみる、という第一歩が踏み出せると思う」
青木「ショールームで体験すると『これはいい』という反応をいただくが、それはデバイスやアプリではなく、この“体験”がいいということ。販売するにはお客様の『これはいい』と思う体験が手軽にできる状態まで設定まですることが重要になってくる。日本ではまだ『面倒なことは業者がやってくれ』的な文化があるので、そこまで含めてお膳立てした状態にする必要はあると思う」
土橋「設定は入居前にで済ませておいてユーザーは使うだけという状態にしても、アプリの使い方がわからないという声も結構ある。ユーザーはとにかく面倒なことが嫌い。便利だけど少しでも面倒そうだと、すぐに興味を失ってしまう。プラットフォーマー側からすると、設定なんてしなくてOK、しかもこんなに価値があること(体験)ができます!と提案しないと成り立たないと思う。
今考えているのは、アプリではなく室内に設置したモニターやボタンをタッチすれば操作できるという方法。また、入居者がQRコードをスキャンすれば、実装されているエアコンやカーテン、ロックなどが自身のアプリで操作できるようにする方法もある。
IoTやスマートホームを意識させない入り口を用意するのも、プラットフォーマー側で注力すべきことだと思う」
瀧本「IoT相談室を設けているが、年々スマートホームに関する相談は増えている。希望の方には自宅を訪問しヒアリングして動線などを確認しながらアドバイスも行っている。ネクスト住設機器のように、IoTがデフォルトになってくるような文化を作るにはどうすべきなのかが、現時点での課題であると感じている」
橘「我々が目指すところは『日本の住環境をそろそろ進化させませんか』というシンプルなテーマ。実践的な協業の場を作り、プラットフォーマーと住宅事業者、双方のハイブリッド業種、研究者、アフターサービス業などと連携しながらサービス提供していけば、ユーザーも安心してトライできると思う」
〇ここに注目!
スマートホームは一度体験するとその便利さが実感できるが、設定が面倒、不具合があったときの対処法などを考えると、導入に消極的なユーザーも多い。設定はすべて済ませてあり、モニターやボタンをタッチ、QRコードスキャンの操作で家中のIoT機器が使えるとなれば導入のハードルがかなり低くなる。スマートホームを標準装備にさせるための業界横断の取り組みに期待したい。
『LIVING TECH Week 2022-2023』特設サイト
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文/阿部純子