■連載/あるあるビジネス処方箋
結局何回なの?人事コンサルに聞いてみた
前回、賃上げは本当に必要だったのかをテーマに人事の専門家に取材を試みた。「今後、大企業と中小企業の賃金格差がますます広がり、中小企業に勤務する社員は賃金の高い企業に転職をより真剣に考えていかざるを得ない」といった内容だった。
だが、本当に転職をしていいのだろうか。そこに明確な考えや思い、今後のキャリア形成のプランや人生設計があるならばともかく、それらがないのに賃金の高いところへ移ることは避けたほうがいい、と言いたい。一部の職種や稀有な実績のある人は例外として、大半の人は転職回数が増えるほどに、転職市場における価値は下がる。
今回は20~30代の転職について、特にその回数にフォーカスを当てて考えたい。転職を勧める記事は多いが、回数に着眼したものは少ない。取材は、人事コンサルティング会社・トランストラクチャのコンサルタントの久保博子さんに試みた。
久保さんは大手生命保険会社を経て、2005年からトランストラクチャで人事コンサルタントとして大企業、中堅企業やベンチャー企業の組織・人事コンサルティング業務に携わる。人事制度設計を始め、人事管理の仕組みやセカンドキャリア制度、研修企画を担当する傍ら、2011年から人事総務部長として採用や社内教育にもかかわる。2023年からは、パートナーとしてコンサルティング部門に所属し、人事制度設計関連のサービスを主管している
Q、「転職回数が多いと不採用になるケースがある」と人事の担当者やその上司(部長や役員)などから取材時に時々聞きます。実際のところは、どうなのでしょうか?
久保:業界、職種、会社の規模や経営状態、配属予定部署などの状況により判断が異なるために、基準のようなものは存在しません。ただし、いくつかの目安はあります。例えば30代前半で受験する会社が4社目になっていると、「多い」という印象を与える可能性が高い。
多いと、「うちの会社に入社をしても辞めてしまう」と思われやすく、不採用になる傾向はあるのです。20代の転職は実績を積む前の段階ですから、その人のポテンシャル(潜在的な能力)を重視するケースが多々あります。それでも、回数が多いと不採用となる場合が少なからずあります。あるいは過去に勤務した会社の在籍期間が1年以内の場合も、短すぎるために不採用になる傾向が強いとも言えます。
Q.企業によって、回数はどのように判断されるのでしょうか?
久保:大企業やメガベンチャー企業は採用力が総じて強いため、多くの人がエントリーします。離職のリスクがある人をあえて採用する理由がないため、転職回数が多い人を不採用にする可能性が高いと言えます。
中堅企業(正社員数500~1000人未満)になるとエントリー者が多少減り、回数が増えても、書類選考はパスするケースがあります。採用力の弱いベンチャー企業や中小企業はエントリー者がさらに減る場合が多いため、回数が多かったとしてもパスする可能性が高いです。
Q.採用担当者はまず、エントリー者の履歴書や職務経歴書を確認すると思います。キャリアアップしているか否かを見定めるためにはどこに着眼するのでしょうか?
久保:私は、仕事の領域に着眼します。例えば現在、IT企業でプログラマーをしている場合、『最前線で顧客ニーズに合わせたシステム構築を担当』と職務経歴書に書いてあるとします。面接をすると実はその後、システム部に配属になり、社内システムの運用担当など間接部門的なところに配属になっている人もいます。この場合はキャリアダウンをしているのかもしれないと判断し、不採用にする場合があります。
20代であっても、ポテンシャルに加え、実績をとても重視する職種はあります。例えば、プログラマーなどのIT技術者です。この場合、キャリアアップする人とダウンする人の差がはっきりしています。
キャリアアップする人のわかりやすいケースでは、社員20人前後の会社でプログラマーを数年して、社員200人程の会社に移り、プログラマーのグループのリーダーになり、20代後半で企業の規模はさておき、プロジェクトリーダーになっているタイプです。これで4社目の会社にエントリーする場合、回数は多いのですが、確実にキャリアアップしている可能性が高いので少なくとも書類選考はパスするのではないでしょうか。
取材を終えて
私が1990年代の初頭から人事の採用担当者や責任者らを取材し、数えきれないほどに耳にしたのが、「30代前半で、うちの会社が4社目の場合は書類選考の時点で不採用にする」だ。時折、「3社目」の場合もある。
特に大企業で、業界ランキングが上位3番以内(売上や営業利益、正社員数などの総合評価)やメガベンチャー企業で、全業種で上位10番以内の場合は30代前半で、エントリーするのが3社目になっていると、苦戦を強いられる可能性が高い。書類選考を通過しても、その後の適性や筆記、面接で落ちるケースがある。リスクの高い人を雇わなくとも、ほかに優れた人が大量にエントリーしているからだ。
メディアでは盛んに転職を勧める識者や有名人がいるが、その多くは転職の現実を知らないように私には見える。そんな勧めを安易に受け入れるのは、避けたほうがいい。転職回数はあなたの商品価値になっていくのだから。
今後、賃金が企業社会のテーマの1つになる。賃金格差や賃金アップ・ダウンが注目を浴びるはずだ。賃金が、転職のキーワードにもなるだろう。だからこそ、慎重に考えよう。
文/吉田典史