こんにちは。
弁護士の林 孝匡です。
宇宙イチ分かりやすい法律解説を目指しています。
裁判例をザックリ解説します。
給料の引き下げに納得してたのか?事件です。
会社
「あなたの年棒を124万円ほど下げたいのだが」
Xさん
「(え・・・)」
「(・・・色々と考える)」
「あぁ分かりました」
裁判所
「この『あぁ分かりました』では減額に合意したとはいえないよ」
「未払い賃金を払いなさい」
さらに裁判所は残業代約630万円の支払いを命じました。残業した時間についてXさんが書いた報告書を信用。。以下、分かりやすく解説します(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件:札幌高裁 H24.10.19)
登場人物
▼ 会社
・ホテルを経営する会社(北海道)
▼ Xさん
・料理人(フランス料理)
・パティシエもやってた
・男性 45歳
どんな事件か
Xさんは会社からの度重なる「給料を下げます」にブチギレて約2年2ヶ月で退職しています。経緯を見ていきましょう。
▼ 入社当時の年俸
H19.2 就職。以下の条件。
・年俸約624万円(月額約52万円)
・これ以外に手当もボーナスもナシ
Xさんはホテルの料理顧問からヘッドハンティングされたので、会社の賃金規定とはまったく違う合意でした。けっこう高給な部類だったようです。
▼ 料理人同士がギスギス
このホテルでは料理人の賃金にバラつきがありました。個別合意で給料を決めていたからです。
Xさんが働き始めて早々、料理人同士で不満が出始めたようです。「Xさんの給料たかくね?」ってことだったと思います。
そこで会社は平等を目指して改革を始めます。矛先は、賃金が割高なXさんに向かいました。
▼ 給料、下げたいんだが
就職して2ヶ月後のこと(H19.4)。Xさんはマネージャーに呼び出されます。以下、会話風にお届けします(判決文を再構成)
マネージャー
「あなたの年俸を624万円から500万円にしたいのだが」
「月額52万円から月額37万9200円となる代わりにボーナスを支給する」
このとき、マネージャーは月額の内訳を示しませんでした。
Xさんは不服な様子。
(入社して2ヶ月で124万円/年の減額か…)
(同意したくはないが…)
(かといって、事を荒立てたくもない)
(夫婦そろって北海道に来たばかりだし)
ということで、
Xさんは「あぁ分かりました」と答えました。
■ ポイント
裁判所は「これは同意してないよ」と認定。「減額前の給料を払え」と命じています。詳しくは後述。
▼ 以降の給料
会社はそれ以降、月額37万9200円を払い続けました。Xさんは特に文句を言いませんでした。月額の内訳は以下のとおり。
基本給 22万4800円
職務手当 15万4400円
■ ポイント
この職務手当が火ダネです。なんと90時間分の残業代として支給されていました。裁判所は「ドアホ!」と断罪。こんな暴言は吐いてませんが詳しくは後述。
▼ 書類に署名
Xさんの「あぁ分かりました」から約1年後。会社がXさんに書類に署名するよう求めました。その書類には会社が1年前に提示した条件が書かれていました。Xさんは署名。
■ ポイント
裁判所は「ここで同意してるね」と認定。詳しくは後述。
▼ Xさんの不満が爆発
書類に署名してからそれから8ヶ月後のこと(H21.2)。
会社
「基本給を22万4800円から18万6000円にします」
「職務手当も15万4400円から7万4700円にします」
ここでついにXさんの不満が爆発。2ヶ月後に退職しました。
Xさんが訴訟を提起
Xさんの主張はザックリ以下のとおり。
・賃金減額に合意していない
・未払い賃金を払ってほしい
・残業代を払ってほしい
裁判所の判断
裁判所のジャッジは概要以下のとおり。
・「あぁ分かりました」では減額に合意していないよ
・それまでは減額前の賃金を払え
・1年後の【署名】の時点で同意は成立した
・残業時間はXさんの報告書を信用するぜ
・残業代630万を払え
・お仕置き61万もな!
順番に解説します。
あぁ分かりました
裁判所は「Xさんの『あぁ分かりました』という言葉尻を捉えて減額に合意したとは認定できない」と判断。理由はザックリ以下のとおり。
・基本給と職務手当の金額などの具体的な説明がなかった
★減額あるある
減額を提案された社員は事を荒立てないようにその場では当たり障りのない対応をすることがよくある
・入社してわずか2ヶ月で約124万/年の減額要請を受け入れる心境になるはずがない
・『あぁ分かりました』は『会社の説明は分かりました』と解釈するのが相当
▼ 会社の反論
会社
「しかしですね。それから11ヶ月もの間、Xさんは文句を言わずに減額された給料を受け取っていたんですよ。同意していた証拠ですよね」
裁判所
「いや。賃金減額に声を上げようとすればカナリの軋轢を生む可能性があるので、社員としてはそこまでするくらいなら文句をいわなで済ませるという対応もありうる。声をあげないからといって同意していたとまでは認定できない」
裁判所は1年後の書類への署名の時点で減額に合意したと認定。なので、「あぁ分かりました」から署名までの間は【減額する前の金額】の請求が認められました。
どの時点で合意したかで180万円くらいの差が出るので天下分け目の戦いだったんです。
■ 注意
書面に署名したらほぼ負けだと思って下さい。「勘違いだった」「署名せざるを得なかった」という言い分が通ることもありますがカナリ例外なケースです。不本意な書面に署名する前に労働組合や弁護士に相談しましょう。
残業した時間は?
▼ Xさんの報告書を信用
Xさんは【勤務状況報告書】を作成していました。そこには以下の記載がありました。
・出勤と休日の日数
・総労働時間
・残業時間
・残業のうち深夜勤務時間
これを上司に提出して責任者による点検を受けていたました。これを見て裁判所は「この報告書を疑うような事情はない」と判断。報告書どおりの残業時間を認めました。
▼ 信用スパイラル
さらに裁判所は【報告書がない期間】についても、「同じだけの時間残業したと推認するのが相当である」と認定しました。一度信用されたらデカイです。
★具体的なアドバイスは最下部に書きました
残業代の基礎戦闘力
今回【職務手当の15万4000円は何ぞ?】について争われました。これが基礎戦闘力に組み込まれれば残業代はアップするので。
Q.
基礎戦闘力って何ですか?
A.
【残業代を計算する基礎となる賃金】のことです。この基礎戦闘力が上がれば残業代もアップすることになります。なぜならザックリいえば残業代は【基礎戦闘力×1.25】だから。
会社
「職務手当は基礎戦闘力に組み込まれません」
「職務手当の15万4400円は残業90時間分の残業代なんです」
裁判所
「そんな合意とは認められない」
「職務手当を払って無制限に残業させていた」
「90時間?ワークライフバランスがぶっ壊れる」
「45時間分の残業代と認定する」
「45時間を超えた分は別途、払いなさい」
▼ その固定残業代、違法かも!
これは固定残業代についてのトラブルです。定額働かせ放題でクタクタになってる方がいると思います。残業代を請求できる可能性があるのでコチラの記事をご覧ください。分かりやすく解説しています。
ほんで、なんぼ?
結果、残業代約630万が認められました。
▼ お仕置き
さらに裁判所は【お仕置き約61万円】も命じています。「残業代の不払いが悪質だなぁ〜」と判断すれば裁判所はお仕置きを命じます(付加金・労働基準法114条)
裁判官が「この不払いはクソだ!」とブチギレれば最大で倍返し(半沢直樹)のお仕置きを命じることがあります。
たとえば残業代が100万円としたら付加金を100万円もプラスして、合計200万円の支払いを命じます。裁判官を怒らせたら怖いのです。
さいごに
▼ どれだけ残業したのか?
残業代を請求したい方は、今回のXさんのように【どれだけ残業したのか】をコツコツと書き留めておくことをオススメします。【具体的に何をしたのか】も書いておくと信用性がアップします。
裁判官が信用するかは出たとこ勝負ですが【具体的に数多く】を心がければ、裁判官の天秤がコチラに傾く可能性が高まります。裁判は、裁判官の心の天秤を傾けるゲームです。
▼ 相談するところ
残業代を請求したい方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。
今回は以上です。「こんな解説してほしいな〜」があれば下記URLからポストして下さい。ではまた次の記事でお会いしましょう!
取材・文/林 孝匡(弁護士)
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