カラーチャート&ケルン大聖堂
70年代、色見本帳からアイデアが生まれたのが「カラーチャート」という絵画作品シリーズです。長方形や正方形の色彩に富んだカラーをランダムに配置していくことで、リヒター自身の主観から意図的に離れようと試みています。この手法は、後に依頼されることになるケルン大聖堂の南側のステンドグラス制作へと繋がっています。このステンドグラスは中世〜19世紀に使われていた80色を厳選して、ランダムに配置した美しい作品として成功しています。
名実ともにドイツを代表する国民的画家となった瞬間ともいえるでしょう。
グレイペインティング
73年から76年にかけて描かれた、モノクロームの絵画作品であるグレイペインティングは、伝統的な絵画表現に対するリヒターの拒絶であり、グレイは全ての色の集積でもあります。
そういう意味では「カラーチャート」とは対極に位置づけされる作品です。
つまり「無」を表現しているといえるでしょう。
この時期はリヒターの人生でも苦難の時期(エマとの離婚など)であり、この作品はリヒター自身にとって避難所としての役割を担っていたのです。のちに、グレイペインティングには攻撃されるような要素が少なく、間違いにくいとリヒター自身が語っているほどです。
このように70年代のリヒター作品(カラーチャートやグレイペインテイング)は、目に見えないものを絵画表現へと昇華させることに見事に成功しているのです。
アブストラクト・ペインティング
1976年からはじまったアブストラクト・ペインティングは、40年以上続いている1番長いシリーズです。作品数と多様性において、リヒター作品の中核を担っています。今までの作風から解き放たれたかのように色を重ねて削る行為を繰り返すことで、色彩を何層にも重ねていき、そこに圧倒的な色彩の強度が立ち現れています。この作品が軸となり、一見、他の作品同士が分断しているという批評家の評価を覆うことに見事成功しています。
世界的な評価を確立する要因にもなりました。
ミラーペインティング
リヒターはガラスの作品も制作しています。
なかでも2015年に完成した愛媛県豊島にある作品「ゲルハルト・リヒター 14枚のガラス/豊島」は、正方形に近い透明な14枚のガラス板が、連続してハの字を描くように少しずつ角度を変えて並んでいる美しい作品です。
全長は約8メートル。リヒターによるガラスの立体作品としては、最大のものです。
作品を収める箱型の建物も、リヒター本人のアイデアとデザインに基づいて建てられました。竹林に囲まれた斜面に立つ建物は、たくさんの光が入るように設計され、時間の経過や季節、天候に応じて、室内に入る光の強さ、方向、色合いが変化します。14枚のガラスはその光を反映し、周囲の風景や見る人自身の影を映し込んで、無限の表情を見せてくれるのです。
日本で見ることができるリヒター作品&ディヴィッド・ツヴェルナー
リヒター作品をこれからも見たいという方のために、実際にリヒター作品を日本で見ることが可能な場所についてもまとめておきます。
<東京>東京国立近代美術館、国立西洋美術館(展示作品はフォルクヴァンク美術館蔵)、
WAKO WORKS OF ART (ギャラリーで個展する場合のみ)
<神奈川>ポーラ美術館
<大阪>国立国際美術館
<香川県・直島>ベネッセミュージアム
<愛媛県・豊島> 「ゲルハルト・リヒター 14枚のガラス/豊島」(都度期間限定公開)
<高知県>高知県立美術館
またリヒターは2023年3月からメガギャラリーの「ディヴィッド・ツヴェルナー」のアーティストラインナップにも加わっており、海外での展示やアートフェアへの参加動向などはギャラリーの情報を調べることで、タイミングが合えば海外でもリヒター作品に出会えるチャンスに恵まれるかもしれません。
おわりに
世界で活躍する海外のグローバルアーティストのなかで、リヒターは最も注目されているアーティストのひとりです。なにより現存する最高峰のアーティストの作品をみることは、同時代を生きる私たちにとって、またとない喜びと刺激に満ちているのではないでしょうか。
リヒターが今後はどんな作品を発表していくのか、ますます目が離せません。
最後に、リヒターのこんな言葉を贈ります。
「絵画がこの不可解な現実を、比喩において、より美しく、より賢く、より途方もなく、より極端に、より直感的に、そして、より理解不可能に描写すればするだけ、それはよい絵画なのです。」
以上、アイデアノミカタ「ゲルハルト・リヒター」でした。
次回もお楽しみに!
文/スズキリンタロウ (文筆家・ギャラリスト)