■連載/阿部純子のトレンド探検隊
手焼きどらやきを提供する「どらやきみならい」の岩根真奈美さんは、看護師を辞め、どらやき職人の道を選んだ異色の経歴を持つ。
夫の豊明さんが大分県宇佐市出身で、子どものころから食べていた地元の和菓子屋「まるじゅう製菓」のどらやきのおいしさが忘れられず、妻の真奈美さんにまるじゅうのどらやきを食べてもらったところ、そのおいしさに感動した真奈美さんはある決意をする。
「57年続いていたまるじゅう製菓は受賞歴も多い人気のお店でしたが、ご主人の84歳の塩崎喜寿さんが病気を患ってしまい、店をたたむと聞きました。一口食べて、とても懐かしさを感じるシンプルで素朴な味に感動し、『この味を後世に残したい!』と、看護師を辞めて弟子入りを決意しました。
最初で最後の弟子となり老舗の味を受け継ぐ「どらやきみならい」
お菓子作りは経験が無く、作るより食べる方が好きだったので、自分がまさか作り手になるとは思ってもいませんでしたが、看護師からの転身になんのためらいもなく、夫を含め周りの方がびっくりしていたくらいです。
弟子志望の方も多く来ていたそうですが、昔気質の職人さんで今まですべて断っていたとのこと。私も最初は『やめた方がいい。看護師を続けた方がよほどいい』と断られましたが、何度も足を運んでようやく受け入れてもらえました」(真奈美さん)
真奈美さんの熱心さに心を動かされた塩崎さんから最初で最後の弟子と認められ、3年前にどらやき修業が始まった。
「何分焼けばいいというレシピ的なものは一切なく、師匠は『こんな感じで』『見たらわかるやろ』と感覚でしか教えてくれないので、師匠の感覚が最初はわからずとても苦労しました。銅板の温度も水を垂らして『水の弾け具合見て、これこれ、今や』とか。弾け具合が全部一緒に見えてまったくわからなかった(笑)。
“あんな感じでこんな感じで”と初めて焼いたどらやきがこれです。見事に真っ黒こげになりました。銅板で焼くため、熱の伝わり方が非常にデリケートであっという間に焦げてしまうんです」(真奈美さん)
そこで真奈美さんは、焼く時間、銅板の熱の具合、温度や湿度など、師匠の感覚値を細かくデータ化。データを基に何千個も試作して、1年近くかけてようやく師匠の味を受け継いだどらやきが完成した。
「師匠は頑固な職人さんで通っている方でしたが、実際に修業してみるととてもチャーミングで面白い方でした。そのおかげもあって楽しく修業できました。
師匠はおいしくなるのだったらとにかくやってみろという方で『どらやきの形が三角だろうが四角だろうがなんでもいい、この味が残ればいいんだ』と、私のやることをまったく否定しなかった。まず自分でやってみて結果から考えさせてくれるやり方だったので、失敗を気にせず修業することができました」(真奈美さん)
2021年秋に独立。開業後2か月半でクラウドファンディングに挑戦し、応援購入総額354万1023円、目標を大幅に超える達成率1770%に。ガジェット系の商品が多いマクアケでのチャレンジだったが「300円のどらやきがデイリーランキング6位に入り、マクアケの方から『奇跡だ』と言われました」(真奈美さん)
小麦、北海道産小豆、砂糖、卵、蜂蜜とたった5つの素材から作られた素朴な味わい。30㎏近い小豆の入った釜を手作業で練り、一枚一枚手焼きで作る一文字焼きで、小豆の風味やしっかりとした質感を残した、昔ながらのどらやきは師匠からの直伝だ。まるじゅう製菓はすでに看板を下ろして廃業したが、長年愛されてきた塩崎さんのどらやきの味は真奈美さんに引き継がれている。
「昨今、和菓子離れとか言われていますが、ペット好きな方や、小さなお子さんなどいろいろな方に手に取ってもらいたいと肉球の焼印を入れました。師匠も味だけしっかりしてくれればいいと認めてくれました。
私が作ったどらやきを師匠は口にしていません。良いか悪いか見ればすぐにわかるからだそうです。ダメなときはなぜダメか、水っぽいからこのような生地になるとか、理由を明確にしてくれる。実際に食べてみると師匠の指摘した通りで、私たちが言語化できない細かなことを師匠は見ただけで判断できるんです。普段があまりにフレンドリーなので、師匠のすごさを忘れてしまいますが、見るだけでどらやきの価値がわかる師匠はやはりすごいなと思います」(真奈美さん)
店頭販売は行わず、InstagramのDM、もしくはLINEにて注文。1日に焼けるどらやきは200個限定のため、注文から発送までは1週間ほどかかる。焼印は肉球のほか、師匠から受け継いだ焼印を使用した「祝」「寿」、法事向けの蓮の花の4種類。