特定の政治思想を持っている、あるいは特定の宗教を信仰していることを理由に、企業が候補者の採用を拒否する例はよく見られます。
思想・信条を理由とする採用拒否については、日本国憲法で定められる「法の下の平等」や「思想良心の自由」「信教の自由」などとの関係で問題点が指摘されています。どのような問題があるのか、憲法・法律・判例のポイントをまとめました。
1. 法の下の平等・思想良心の自由・信教の自由とは
日本国憲法では、すべての国民について「法の下の平等(14条1項)」を定めているほか、「思想良心の自由(19条)」「信教の自由(20条1項)」をそれぞれ保障しています。
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
企業が候補者の思想・信条を理由に採用を拒否することについては、以下の問題点が伝統的に指摘されていました。
・候補者間における法の下の平等を犯しているのではないか
・思想良心の自由や信教の自由を侵害しているのではないか
2. 候補者の思想信条を理由に採用を拒否してもよいのか?
思想・信条を理由とする採用拒否については、三菱樹脂事件最高裁判決(昭和48年12月12日)がリーディングケースに当たります。
学説上は多くの批判があるものの、同最高裁判決では以下の理由を挙げ、思想・信条を理由とする採用拒否が違法とはいえないと判示しました。
(1)憲法の規定は、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定していない
→国家権力等による人権侵害に対抗するために制定されるという憲法の本質・歴史的経緯に鑑み、企業・候補者という私人同士の法律関係には憲法を適用しないとする考え方を示しました。
(2)企業には採用の自由がある
日本国憲法で保障されている経済活動の自由(22条、29条等)の一環として、企業は誰をどのような条件で雇用するかにつき、原則として自由に決定できるとしました。
(3)雇入れ後の差別は禁止されるが、雇入れそのものは制約されない
労働基準法3条では、労働者の国籍・信条・社会的身分を理由として、労働条件について差別的取り扱いをしてはならない旨が明記されています。
しかし、これは雇入れ後の差別を禁止するものに過ぎず、雇入れそのものを制約する規定ではないとしました。
三菱樹脂事件最高裁判決は、現在でも判例として生きていると考えられるため、候補者の思想・信条を理由とする採用拒否は違法とはいえないとするのが実務の取り扱いです。
当時と現代では、社会の価値観が少なからず変化していると思われます。
そのため、現代においても同様の結論となるかどうかは不明ですが、企業は候補者に対して不採用理由を開示する義務を負わないため、問題が顕在化する機会があまりないのが実情です。