■連載/あるあるビジネス処方箋
コロナ罹患で起きた、同僚の面前での”吊し上げ”
今回は、この言葉について考えたい。
「日頃からの健康管理ができていない!」
「ふだんから君は不摂生だ」
先月中頃、社員数600人程のメーカーの営業企画部に課長として勤務する知人(40代後半の男性)がコロナウィルスに感染した。予防接種は2回打っていたが、38度半ばから39度前後の熱が3日間続いた。6日後には平熱になったものの、人事部の判断で発熱から10日後に出社した。初日に上司(50代前半)である部長から、部員11人がいる場で前述の言葉を言われたらしい。
知人によると、休んだ10日間で部署の仕事は確かに大幅に遅れたようだ。部員11人は、各自が可能な範囲で課長の仕事を分担する。プレイングマネージャーであり、多忙な部長もまた、課長の仕事をした。1週間を過ぎた頃から、部員たちから「仕事が多い」といった不満が出始めた。
このようなこともあり、部長は知人が10日ぶりに出社すると、つい感情的になり、口にしてしまったのかもしれない。課長である知人に、責任を自覚してほしいといった思いもあったのかもしれない。部長も10日間、心身ともに疲れ切っていたに違いない。
だが、知人は「健康管理ができていない」「不摂生」と皆の前で叱られる理由がわからない、そもそもそんな事実がないと私には話す。うがいや手を洗うことや室内の換気は、2年間徹底していたようだ。
私が各種の報道を調べても、コロナウィルスに感染するか否か、その理由や感染ルートは世界中でも今なお、正確にはわからない。なんとなく、あの場でうつったのかもしれないと感じても、それが事実であるとは言い切れない。
まして、10人を超える部下がいる前で口にするべき言葉ではなかった、と私は思う。これでは、知人の自尊心は深く傷つけられただろう。課長と部下との信頼関係にも悪影響を与えかねない。部長としての見識を疑わられるものだったのではないだろうか。
私も会社員の晩年の頃、17~18年前に同じような経験がある。インフルエンザになり、40度の熱が数日続き、4泊の入院をした。発熱6日程後に出社すると、当時40代後半の部長が「ふだんからの摂生が足りない」と部員数人の前で、30代前半の私を叱った。何を根拠にそのように言うのか、その場で尋ねたが、回答はない。インフルエンザは感染病であり、防ぐことができない場合は多々あるのではないだろうか。
こういう言葉は、身に覚えがないだけに本人を不快にさせる。上司ならば何を言ってもいい、とはならないだろう。特に上司が部下に発する軽率な言葉は部内の雰囲気や空気、人間関係、各自の仕事への意欲、チームビルディングにマイナスの影響を与える可能性がある。
”不摂生”は見えにくいし、因果関係もわからない
さらに広い視野で考えたい。解雇や退職強要、パワハラなどをめぐる労使紛争を取材していると、会社の人事部員や弁護士が労働組合ユニオンや労働相談情報センター(東京都の職員)との協議の場で、こんな言葉を発することがある。
「(解雇にした)社員はもともと、健康管理ができていなかった」
「彼は不摂生で、風邪で会社を休みがちで、上司も厳しくせざるを得ない」
自社の解雇や退職強要を正当化する狙いがあるかに見えなくもないが、実際はどうなのだろうか。私が労働組合ユニオンや労働相談情報センターの職員に尋ねると、解雇や退職強要になった社員の言い分は異なるという。争いは双方の見解に差異があるのはある意味で当然としても、会社側がこのような言葉を事実でないのに発しているならば大きな問題だと思う。
今後、コロナウィルスの国として扱いは変わる。これを機に風邪やインフルエンザなどの感染症をはじめ、病気になっている人について発する言葉を慎重に選ぶことを心がけたい。医師や看護師でも、言葉を選んで患者や家族に接する。医療の知識に乏しい私たちは、なおさら気をつけるべきではないだろうか。
文/吉田典史